夢境

罪人の生まれた日が近づいている。
弟と二人罪の道を歩き続けた。
人を殺し、互いを殺し、そしてとうとう己も殺した。

罪深き双子が生まれた日。

なぜ私たちは、今もこうして双子座として生きているのだろうか。
甦っても互いを貪りあうように罪を重ねていく私たちを、なぜ神は許したのか。

否、許されていないからこそ、私はこうして夢の中を彷徨っている。


「サガ・・・」
アイオロスは、まるで死人のように眠るサガの頬をそっと撫でた。
アイオロスがサガに近づけるのは、こうして眠っているときだけ。
というより、近づくと眠ってしまうのだ。
美しい瞳を見ようと、美しい髪に触れようとするだけでサガは瞼を閉じてしまう。
魂の抜けるように、自分の前で倒れる姿は見ていて痛々しい。
一度小宇宙だけでの会話を試みたものの、その翌日からサガはそれまで数時間単位だったのが、丸一日眠ってしまった。
それ以来小宇宙の会話もできずにいる。
できれば傍にいたいが、いつまでもサガを眠らせておくわけにもいかない。
何より彼の弟がそれを許さない。
アイオロスが甦ってからというものの、身を焦がすように嫉妬に狂う彼の弟は、
アイオロスが近づくとサガが眠りに入ることを知り、彼が双児宮を訪れるのを夜だけに限らせた。
普段サガが床に就く時間にのみ訪れるのを許したのだ。
これでも大分緩和されたほうで、冥府の神の『罰』が科せられる以前は、
アイオロスの気配を感じるだけでカノンは双児宮を自身の攻撃的な小宇宙で荒らした。

そして今、サガは、これまでにないほど長い眠りについてしまった。
もう随分と長い間その瞼を開いてはいない。
この長い眠りに入ってから、どういうわけかカノンはアイオロスをいつでも双児宮を訪れることを許した。
しかしそれは決して同情や善意からくるものではなく、サガが眠り続ける姿を見せ付けることで、
言外にアイオロスを責めているのだ。

お前が近づくことでサガは『罰』を受けるのだ、と。

アイオロスとて、サガをそんな目にはあわせたくはない。
自分がいることでサガが夢という罰を科せられるのならば、いっそ消えてしまいたいとも思った。
しかしそれは許されないことだ。聖闘士の命は女神のもの。
愛する人のために絶つこともできない命だ。

アイオロスは眠るサガの額にそっと口付けた。
「一体どんな夢を見ているんだ、サガ」
そっとサガの手をとり、呟いた。
「早く起きないと仕事は溜まる一方だぞ」
悲痛な表情を浮かべ、アイオロスはサガの手の甲を撫でた。

一体どんな夢を見ているのだろうか。
穏やかなものなのだろうか、それとも、見るもおぞましいような悪夢なのだろうか。
悪夢ならば、早く覚めてくれ。
愛しい人を、夢の中でまで苦しめないでくれ。

せめて眠っている間だけでも、彼に平穏を、幸せを与えてくれ。

自分がそれを与えることができないのならば、せめて。


アイオロスはサガの手を握り、静かに涙を流した。
誰にも見せなたことのない涙を、眠りにつくサガにだけ見せた。
「サガ・・・」
甦ったときは、こんなことは思いもよらなかった。
怒りに荒れる彼の弟の存在があったとはいえ、会えないわけではなかったのだ。
13年前のようにとはいかないが、それでも互いに穏やかな時間を過ごした。
だが今は、彼の声を聞くこともできない。
自分の存在が、彼を罰へと導く。
サガの背負った罪の重荷を、共に背に乗せ歩んでいこうと彼のために密かに誓っていたのだ。
共に歩むどころか、逆に彼を罰へと追いやっている現状に、アイオロスは心を痛めた。



サガは長い長い夢の中で、自分の罪のひとつひとつと向き合っていた。
自分が罪を犯す様を見る度に、それは痛みとなってサガの胸を貫いた。
サガが彷徨うのは、常に悪夢の中、あるいは自分の罪の中だった。

他人の悪夢はサガの精神を蝕み、自分の過去は胸を抉った。

幾千の罪と幾憶の悲しみを、何度も何度も、その身に叩き込まれる。
体の痛みなのか、それとも心が痛みを訴えているのか。
それは今まで感じたことのない種類の苦痛を感じさせたが、サガは逃げなかった。

長い眠りに入る前、サガはどんなに哀しく、罪深い夢を見たとしても、決してそれを他人には明かさなかった。
精神を共有しようとしたカノンにも、夢の内容は教えなかった。

サガは誰もいない夢の世界で、罰を受けていた。


生まれ出てからのあらゆる罪。
任務で人を殺したこと。
双子の兄弟でありながら体を重ねたこと。
悪に任せこの身を闇に委ねてしまったこと。

自ら命を絶ったこと。

(アイオロス・・・)

アイオロスに会いたかった。
改めて罪を見せられ、彼に対する罪悪感は一層強まった。
しかしサガの全ては、アイオロスを欲していた。
彼の小宇宙を欲していた。

強まる罪悪感。
サガは目を背けることは決してしなかった。それはサガが受けとめて然りと強く思っているからだ。
しかし、脆い精神の上に成り立つサガの存在にとって一番ダメージが大きいのは、
己の罪を見せ付けられることだった。
罰を受け入れようとすればするほど、その脆弱な精神はぼろぼろに傷ついていく。


これが私の罰。
己の罪を全て余すことなく受け入れるのが、私の罰。


生まれてきたことに強い後悔を感じながら、サガは幾度目かの死にゆくアイオロスの姿を見ていた。

「サガ」

ああ、彼の声が聞こえる。