翌朝、いつものように起きてこないサガを心配し、アイオロスはもう一度謝罪しようと部屋を訪ねた。
扉の前に立ち、ノックをしようとしたそのときだった。
船内に警鐘が鳴り響いた。
アイオロスは短く舌打ちすると、廊下をかつかつと歩き始めた。
「どうした!何事だ!」
船内にアイオロスの檄がとぶ。
「敵船です!ポセイドンの戦艦一隻!近いです!」
「攻撃の意思は?」
「まだ確認できていません!」
「くそ・・・商業船に目をつけたか!」
強大な組織である、ポセイドン。こちらはもともと休暇用に出た船である。装備が完全ではない上、
サガを乗せての戦闘はなるべく避けたかった。
どうしようか、とアイオロスは考えた。
(敵は強い。今戦うことは得策ではない・・・それに)
アイオロスはサガの存在が気にかかった。今日はまだ姿を見ていないが、
昨日の今日で追い討ちをかけるように傷つけたくはなかった。
しかし、かといってこのままでいれば“商業船”としてこの船は攻撃を受けるだろう。
(一体どうすれば・・・!)
その瞬間、爆発音と同時に、船が大きく揺れた。
「あんな小さな船まで襲うのか」
「別にどっちでもよかったんだがな。最近何もなくて船員がだれきってる。
この辺でなんとか士気高めねえとこっちがいつやられっかわかんねえからな」
「そういうものか」
「そういうもんだ」
カノンは戦闘はソレントに任せ、童虎と二人自室にいた。
「だがあの船・・・本当に商業船か?」
「それが分からん。だからとりあえず攻撃しとく」
「なんとまあ・・・」
「まあ、なんかありゃ向こうから信号出してくるだろ」
大雑把なように見えて、有効な手段を使うカノンに、童虎は驚いた。
まだ若いであろうに、彼はこの船をうまく率いている。
「あのソレントという少年、大丈夫なのか?」
「なにが」
「随分若かったようだが」
「あいつはあれでも俺と同じポセイドンの海将軍。それにあいつのやり方はきれいだからな。嫌いじゃない」
童虎は恐ろしいものよ、と肩をすくめ、差し出された酒を一気に飲み干した。
「さて、そろそろあんたのことを聞かせてもらおうか。クロスの正二位、国王補佐の童虎サン」
にやりと笑うカノンに、童虎はやれやれ、といった風にため息をついた。
アイオリアは船内を慌しく駆け回り、船員たちに指示を与えていた。
デッキに戻ろうと廊下を走っていたところ、部屋から出てきたサガにぶつかった。
「す、すまない・・・大丈夫か」
「いや、俺こそ・・・。・・・・サガ、部屋に戻っていたほうがいい」
「先ほどの大きな揺れは・・・」
「ポセイドンの船にやられた。今アイオロスが回避しようとしている。危ないから部屋に・・・」
この船が海賊船であることをアイオロスが告げてないことを知っていたアイオリアは、
言葉を選んでサガに言った。心配そうに顔を俯けるサガに、アイオリアは胸が高鳴るのを感じた。
(・・・・??何を考えている、俺は。この非常時に・・・)
雑念を払うように頭を振ると、アイオリアは早く戻れ、と言ってまた廊下を走り始めた。
「何をやっているんだ!俺は・・・!」
アイオリアは顔が赤くなっているのに気付いた。
「このまま攻撃しないでいればやつらの思うつぼだぞ」
「わかっている・・・」
「臆したかアイオロス」
「黙れ!」
いつになく剣幕した様子でアイオロスとミロは言葉を投げあう。
慎重になりすぎているアイオロスに、ミロは不安を覚えた。
「戦わずに、逃げるか」
「・・・・」
「どちらかにしろ・・・」
(サガ———)
アイオロスは、黒き旗を掲げさせた。
「なにも話すことなどないぞ」
「なんであんなとこに漂流してたんだ」
「・・・・信頼する王が死に、面倒を見ていた王子も死んだ。あの王国に留まる理由もない」
「死んでたかもしんねえんだぞ」
「構わんかった」
「・・・・つまんねえ話だ」
カノンはため息をつくと、立てかけてあった剣を手に取り、立ち上がった。
「どうやらあの船も戦う気になったようだ。・・・俺はソレントのとこに行く。あんたは好きにしてろ」
「すまんな」
「もうじき北方の町に着く。・・・そしたら降ろす。良心的だろ?感謝しろよ。あの懐中時計にな」
思いマントを翻し、カノンは扉へ向かった。
扉を開きかけ、カノンは童虎に背を向けたまま言った。
「あの時計捨てないところを見ると・・・あんたは、まだ王国に対する思いがある。早くあるべきところに戻るんだな」
カノンはそう言って、扉の向こうに消えていった。
童虎は少し笑うと、ソファにもたれかかりため息をついた。
「あるべきところ・・・か」
「サジタリアスか」
「ええ。しかし・・・」
「あれは本艦じゃねえな」
「ええ」
掲げられた黒い旗には、髑髏と弓矢。サジタリアスを示すものだった。
「・・・どうしたもんかな」
「信号を送ってきてますね」
「———攻撃をやめさせろ」
「いいんですか?」
「あそこの船長には興味がある。船長がいないようならすぐに沈めろ」
「・・・・わかりました」
カノンは指示を出すと、甲板へと向かった。
カノンは甲板からひとりで海を見るのが好きだった。
船の左側遠くに見える海賊旗を眺め、カノンは口の端をつりあげた。
「あいつらの言う正義とやら・・・楽しみだな」
強きを挫き、弱きを助ける。海賊らしからぬその行動に、カノンは興味を示していた。
暫く続いていた船の揺れもおさまり、サガはおそるおそる部屋の外へ出た。
慌しかった船内も静まり返り、何があったのだろうかとサガは眉を顰めた。
サガは外の様子を見ようと、甲板へと向かった。
(アイオロスは・・・大丈夫だろうか)
ポセイドンに攻撃されたとアイオリアは言った。
自分を好きだと言ったアイオロス。
驚きと、衝撃と同時に、喜びさえ覚えた自分。
(私は彼を、どう思っている・・・?)
サガは甲板へと続く扉を開けた。