『・・・何方と勘違いしていらっしゃるのか存じませんが、私は海賊団“ポセイドン”の一船長、カノンです。
貴方のような方がいらっしゃるべきところではありません。早々に立ち退いていただきたいところですが・・・
クロスの高官の方をまたこんな海の真ん中で漂流させるわけにもいきません。次の目的地まではこの船でお過ごしください』
(カノンと名乗ったあの船長・・・ポセイドンと言えば大艦隊ではないか。その巨大船一隻を任されているとは、恐らく
相当有能な者なのだろう)
与えられた部屋、それもかなり上等な、来客用の部屋に通された童虎は、ベッドに仰向けになって思考を巡らせていた。
(しかし、話し方までそっくりとは、恐ろしいものじゃのう)
髪の色も、瞳の色も、話し方も、仕草まで似通っている。
(まるで双子のようだ・・・・双子・・・双子・・・)
童虎はある考えに思いつきそうになったが、そんなことはあってはならないとその考えと向き合うのを断念した。
海賊船、サンクチュアリは今日も大海原を順調に航海している。
サガがこの船にやってきてから2日。深い眠りを繰り返すサガは、大分体力は回復しているようだが、
起きられないのか、それとも起きることを拒絶しているのか、世話をするカミュと多少会話を交わすだけで、あとは
ぼんやりと天井を眺めるか、眠っているばかりだった。
この日は体を起こし、ベッドに腰掛けて外の見えない窓を眺めていた。
昼頃、といってもサガには昼夜を感じることはできなかったが、カミュが食事を持ってきて入ってきた。
「体調は、いかがですか?」
「・・・大分いい。すまない。私のような得体の知れないものを乗せたのでは、他の船員にも迷惑をかけているだろう」
「いえ、そんな・・・あまりご無理はなさらないでください。まだ、治るにはしばらくかかりますから」
「歩くには問題ないんだ。ただやはり痛みがひどい」
サガは苦笑して胸に手をあてた。
「骨が折れているんです。あまり歩き回ったりはなさらないで・・・」
「心配しなくていい。外には出ていない」
「そういうわけでは・・・」
暫し沈黙が流れ、カミュがどうしようかと視線を彷徨わせていると、サガが口をひらいた。
「・・・頼みがある」
「・・・」
サガは俯かせていた顔を上げ、カミュに目をあわせるとはっきりと言った。
「船長に会わせてくれ」
カミュは困惑した。サガにはこの船は商業船だと言ってある。それを信じているにしろいないにしろ、
今まではカミュだけがサガと会っていた。少し回復した今
船長に面会を求めるのはごく自然なことだ。それに周知の事実とはいえ、サガはまだその身の上を明かしてはいない。
もしサガが自分の立場を明かし、クロス王国への進路を求めるのならば、やはり船長に会う必要がある。
本当にただの商業船ならば何の問題もない。だが、ここは海賊船。
海賊船が皇太子を乗せ、堂々とクロスへは入っていけない。
返答に困るカミュに気付いたのか、サガはまた少し苦笑して、すまない、と謝った。
「困らせてしまったか。・・・だが、やはり船長には話をしておきたいのだ」
「・・・分かりました。船長に掛け合います」
「すまない」
カミュは食事をまたいつものようにベッド脇の机に置き、部屋を出た。
(・・・なぜだろう。あの人が悲しく笑うのに、ひどく心が痛む。ひどく懐かしい・・・この感覚は)
だがどんなに思い出そうとしても何も浮かばず、鈍い頭痛がするだけだった。カミュはこめかみの辺りをおさえ、頭の痛みをやりすごした。
(・・・今は、アイオロスに会わなければ)
カミュの去った部屋の中で、サガは父を殺した時のことを思い出そうとした。
(人から聞く限りでは、やはり私が父を殺したのだ・・・しかし)
何も、思い出せないのである。その時の記憶だけが。記憶の中に空白の時間がある。
(その時だけだっただろうか・・・?いや、他にも数度、ほんの短い間ではあったが・・・)
プツリと消える意識。気がつくとまったく別の場所にいたり、まったく別のことをしていたりする。
(何かに憑かれたか・・・)
ふ、とサガは自嘲気味に笑うと、カミュが置いていった食事の、コーヒーだけを少し口にした。
(・・・黄金の短剣・・・私はそれを見つけ、それからどうした?気がつくと、そこには血まみれの父が私の足元に倒れていたのだ。
殺した記憶などない。しかし剣は深々と父の心臓を貫いて・・・)
思い出そうとして、サガは激しい吐き気に襲われた。
その吐き気と、決してそれだけではない苦しさから、サガは目に涙を浮かべた。
「・・・殺してなど・・・!あの父を殺すなどありえるものか・・・・!」
王妃の子でもないくせに、と蔑まれながら生きてきたあの城の中で、父だけが自分を守り育ててくれた。
実の母を失ったときにも、父は傍にいてくれた。
厳しい父、優しい父。文武に優れた良き王であった父。
「どうして・・・!」
やりきれない思いに、サガは静かに涙を流した。
「そうか・・・やはり面会を求めてきたか」
「はい」
「・・・俺としても彼と話はしたい。が、ここで海賊船とバレてしまうのは得策ではないな。
多少話をするくらいなら構わないが、お前の言う通りクロスへ送ってくれと言われると困るな」
「現在進路はクロスのある東ではなく、北を向いています。ごまかすことは可能でしょうが・・・」
「もし王族の人間だと言われてしまったら、“商業船”に断る理由はない」
「・・・」
アイオロスとカミュが話をしていると、そこへアイオリアがやってきた。
「・・いっそ、海賊船と打ち明けてはどうだろうか」
「アイオリア!」
「海賊が王族の命令に従うなどおかしな話だ。ならばいっそこの船が海賊船だと打ち明け、その辺の小島にでも
下ろしてしまえばいい。人がいれば、死んだりなどはしない。それに、王族の人間が海賊に助けられたなどと、
他言するだろうか?王家の尊厳を考えれば、人に言うとは考えづらい」
「・・・・なるほど」
アイオロスは少し考えると、いつものように笑ってそうだな、と頷いた。
「まあとにもかくにも一度会って話をしてみたい。細かい話は後にまわすとして、今は彼の体調に障りがない程度に世間話でもしてくるとしよう」
アイオロスは明るく笑って、サガの部屋に向かっていった。
カミュはその背を見送りながら、アイオリアに尋ねた。
「・・・アイオリアよ、お前はどう思う?」
「何がだ?」
「サガのことだ」
「・・・この船にあまりいい存在ではないと思う。が、全ては兄アイオロスが決めること。俺はそれに従うさ」
「そうか・・・」
どこか思い悩むようなカミュに、アイオロスは首をかしげた。
「サガが何か?」
「いや、・・・ただ、彼に似た人を私は知っている。ひどく心が痛むんだ」
「・・・・・・」
アイオリアはカミュの言葉にほんの僅かの間暗い表情を浮かべると、風にあたってくると言って去っていった。
その様子にカミュは多少眉を顰めたが、それも短い間で、カミュもまた自分の部屋へと戻っていった。
コンコン、という軽いノックの音に、サガは慌ててベッドにもぐりこんだ。
別にわざわざ隠すようなことをする必要はないのだが、起きていて泣いていることに気付かれたくはない、と扉に背を向け、寝ているフリをする。
「・・・入るぞ」
軋む音と共に、扉が開いた。数歩近寄ってくる。
「・・・・寝てるのか。残念だ」
カミュの声ではない。声の主はしばらくそこに立っていたが、また数歩サガの方へ近寄った。
サガは背中から感じる気配に体を少し強張らせた。
アイオロスは少しサガに近づくと、その流れる青銀の髪に目をやった。
(不思議な色だ・・・美しい)
ベッドのすぐ脇まで来ると、僅かにサガの横顔が見える。
長い睫を伏せ、頬には僅かな赤みがさしている。ひきあげたときには真っ青だったのが、大分よくなったのだなとアイオロスは少しほっとした。
(・・・ん?)
ふと、サガの目の下に涙の通った筋を見つけた。
慌てて擦ったのだろうか、目の下がわずかに赤くなっている。
(・・・泣いたのだろうか)
アイオロスはそう考え、なんだか不思議な気持ちが心の中を掠めた気がした。
(未だ見ぬその瞳から、涙を溢れさせたのだろうか)
心臓の鼓動が高鳴る。手が心なしか汗ばんでくる。
美しい、王国の皇太子。
アイオロスはその髪に手を伸ばしかけ、はっとして手を引っ込めた。
(・・・何を、考えているんだ、俺は)
アイオロスは顔を紅潮させると、慌ててサガの部屋から出た。
(こ、これは・・・まずいかもしれない)
ドアにもたれ、そのままずるずると床にへたり込む。
「・・・サガ、か」
その美しい人の名を口にし、アイオロスは芽生えはじめた感情に戸惑いを隠せなかった。