旅送り

射手座が自らの欠陥を悟った日から一週間。
教皇シオンにより、次期教皇の名が告げられた。
双子座だった。
当然射手座が継ぐものと考えていた周囲は多いに困惑した。
“欠陥持ち”は双子座である。というまことしやかな噂もその理由の一つだった。
何より聖域は双子座の罪を忘れてはいない。
何をもってしての指名か。
教皇に尋ねるものもあれば、
双子座に詰め寄るものもあった。
射手座に同情する声もあったが、射手座はただ曖昧に笑みを返すだけだった。


「・・・ちょっといいか」
射手座は双子座を呼んだ。
双子座は目線を逸らしてから、頷いた。


「俺が“欠陥持ち”であるということを知っているのはサガのほかに、誰が」
「私と、教皇、女神・・・他にはいない」
「そうか・・・」
射手座は俯いた。明朗で、潔白で、剛胆なあの姿は、どこにもない。
「目は・・・」
射手座は力なく首を振った。
「だめだ。・・・小宇宙も弱っている。色だけが、見えぬのではないのだな」
双子座が小さく頷いた。
「恐らく、直に、全身にまわる」
「なぜ、黙っていたんだ?」
「それは・・・」
「どうして教えてくれなかった!」
射手座は双子座の肩を掴んで揺すった。
双子座はその手を振り払った。
「言えるわけがないだろう!」
「・・・」
双子座に似つかわしくない大声に、今度は射手座が驚いて黙った。
「言えるわけが・・・言えるわけがない!お前の体に欠陥があるだなどと・・・!
私には・・・そんなこと、認められない!」
「サガ・・・」
「お前に別段変わった様子はなかった・・・だから、わ、私は、一縷の望みを・・・だが」
「・・・もういい。・・・すまなかった」
「なぜお前なのかと、なぜ私ではないのかと!・・・だが、まだ、望みはある」
「え?」
射手座は眉を寄せた。
「どういう意味だ」
双子座は取り乱した姿はすっかり隠し、今度は自信と、誇りに満ちたような美しい笑みを浮かべた。

「お前の心臓を、私に、アイオロス」

射手座は驚きに目を見開いた。
「どういうことだ!」
「お前の欠陥は、心臓の不具合によるものだ。全身の小宇宙が、心臓を巡る際に不具合を起こす。
それは直にお前の全身を蝕み、やがて死にいたるだろう・・・だが、契約を結べば」
「待て、それではお前が助からぬではないか!」
「私の命など!」
「サガ」
「・・・私と、カノンの心臓は『連結』の契約で結ばれている・・・そちらの契約を解いて、
お前と、『交換』の契約を結べば、お前は助かる。世界に色も戻るだろう。だから、ロス・・・」
希望をもった瞳で訴えかけるサガを、アイオロスは平手で打った。
「・・・ロス・・・」
驚いたようにロスの目を凝視するサガに、アイオロスは慌てて手を引っ込めた。
「・・・すまない。だが、俺はそんなことをするつもりはない。そんなやり方で得る命に意味はない!
俺が助かり、かわりにお前が犠牲になるなど!・・・お前は、何も分かっていない」
「私が・・・私がお前の何を分かっていないというのだ・・・?
分からないのはお前のほうだ。お前を愛しているのに!生かしたいと思う心の何が間違っている・・?」
「・・・サガ、すまない。もう戻ろう。俺もお前も・・・疲れている。当たってしまって、すまなかった」
「ロス!しかし!」
「お願いだから・・・!自分の命を捨ててまで、俺を救おうなど、やめてくれ・・・!」
「ロス・・・」



珍しく苛立ちを隠さずに双児宮に戻ってきた兄を、弟は鼻で笑った。
「どうした。珍しいな。兄さんが苛立ってんのは。まあ、薬飲んで死にそうな顔してるよりは人間らしいな」
「カノン・・・」
「・・・お前、やっぱ“欠陥持ち”のこと何か知ってるな・・・・?」
「・・・言えぬ」
「チッ・・・」
「この間の件、考えてはくれたか」
「“契約”のことか?フン、誰が解くものか」
「解いてくれたら、話そう」
「兄さんにしては卑怯な手使うじゃねえか。だが釣り合わねえな。俺はアンタが“欠陥持ち”だろうが
“契約”は解かねえよ。むしろ、そのための“契約”だ・・・。お前が死ぬなら、俺も死ぬ。
そう決めただろう?望みもしねえ命と体を、与えられたときにな!」
「カノン、女神を愚弄するのか!」
「ああ、するとも。こんな地上に出てきたところで、俺たちの役目などとうになくなっている!
この生温い世界で俺たちは何をすればいい!戦うことしか知らねえ、裏切ることしかしたことのなかった、俺たちが!」
「・・・カノン」
「だから兄さんが“欠陥持ち”ならこっちは願ったり叶ったりってやつだ。
・・・兄さんと死ぬ。それが俺の望みだ。
・・・簡単に甦らせられる安い生なんて、いらないね」
「カノン!」
「言えよ、サガ。“欠陥持ち”はアンタなんだろう?何を隠す必要がある」
「・・・“契約”を、解いてくれ・・・・」
ついに焦れたカノンは、サガに向かい近くに置いていたグラスを投げつけた。
当然サガがそれを受けるはずもなく、グラスは壁に当たり粉々に砕けた。
「お願いだ、カノン・・・!」
「言え。・・・いいだろう。お前が知っていること、全部話せ。解くかどうかは、俺が決める」
「カノン・・・!」
サガは躊躇った。しかし、言わねば弟一生“契約”を解くことはないだろう。
そしてどちらかの命尽きるとき、共に朽ちるのだ。

(カノンと死ぬことに躊躇いはない・・・だが、今は何としても救いたい命がある・・・)

何も分かっていない————愛する者の言葉が脳裏によぎった。

(私は間違ってなどいない。彼を救う。私の二度目の、“安い生”で救える命ならば、いくらでも捧げよう)

————“欠陥持ちは”は、私ではない」
「何?」

「・・・・・射手座のアイオロス。彼の心臓に“欠陥”がある」


頬に鈍い痛みが走った。
口内にじわりと血の味が広がる。
(・・・アイオロスにも、殴られたな)
ぼんやりとそんなことを思いながら、地面に倒れこんだ。
思いのほか強い力で殴られたようで、何の構えもしていなかったサガは眩暈を起こした。

(何が間違っている)

(アイオロスは助かり、カノンも永らえる。カノンが私の道連れになるのは避けたい。
———失われるのは私の命だけでいい。・・・何が間違っている。何が・・・・)

遠のく意識の中で、サガは弟の狂ったような怒りと、憎しみの叫びを聞いた。