旅送り

内々にとの、仰せであったのだ。
誰にも漏らしてはならぬと。
双子座は今でもそれを守っている。


(今日は———天気が悪いな・・・)
射手座はぼんやりと天上を眺め、差し込む朝日がやけに暗いのを感じた。
忙しいこともあって、ここ数日は双児宮へ行くこともできずにいたのだが、
幸いこの日はとりたてて急ぐ用事もなかった。
雑事を終え、天蠍宮を通りかかった所で、久しぶりに蠍座に会った。

「・・・久しぶりに会う気がするな」
「ああ!最近忙しかったんだろう?逆に俺たちは割と暇なんだ。
今日もこれから出かけるところでな」
「羨ましいな・・・ああ、傘、持って行ったほうがいいぞ」
「傘?・・・ああ、分かったよ」


「こんないい天気の日に?」
蠍座は、小さくなってゆく射手座の背を見送りながら呟いた。


コツ、コツ、コツ、と、靴音が廊下に響く。
双児宮の廊下は薄暗いのが常であったが、今日ばかりは一層暗く感じられた。
———いないのか?」
居間の方に向かうと、そこも相変わらず薄暗いままで、射手座は訝しい表情をした。
辺りは静まり返っている。
射手座は寝室の扉に手をかけ、そっと開いた。
「入るぞ」
寝室はほとんど光も入っていないようで、射手座は目をこらして双子座の姿を探した。
(いない・・・)
諦めて引き返そうとしたところで、背後に声がかかった。
「・・ああ、」
「何か、用か?」
双子座は射手座の声を遮り訪ねた。
「特に用というわけではないが・・・。大丈夫か?顔色が真っ青じゃないか」
射手座は双子座の肩に触れた。
「大・・丈夫・・」
「寝ていた方がいい。本当に顔色が——
「大丈夫だ」
双子座はそう言いながらも、体は寒さのためか震え、歯をガチガチと鳴らし、
冷や汗をかいていた。
「おい・・・!」
ずるりと、双子座は射手座の肩に凭れかかった。
「お前・・・もしや本当に、甦生の際に何か・・・!」
その言葉に、双子座はびくりと大きく体を震わせ、射手座の手を払いのけ壁に寄りかかった。
「違う!」
「しかし・・・」
「違う・・違う、違う・・!私ではない・・・私では———!」
「ならばその不調は一体何が原因なのだ!」
「それは・・!」
———お前に何か“欠陥”があるのならば、教えてはくれないか。
俺に何か・・・できることがあるのならば・・・」
射手座は双子座に歩み寄り、肩をそっと撫でた。
「違う・・・」
双子座は力なく首を振った。
「違う・・・私の、不調は“欠陥”などではない・・・」
「では、一体何が・・・」
双子座は暫しの間押し黙ったが、やがて口を開いた。
「私の不調は薬によるものだ。もともと薬には向かぬ体質らしく、
多少影響を及ぼすものならば面白いくらいに効き目が出る。良いものも、悪いものも」
「本当に、それだけか・・・?」
「疑うならば試してみればいい。お前の頑健な体にも、多少は不快感が生じるだろう。
眠らせてはくれるが・・・」
双子座は自嘲気味に笑った。
「お前、ではないと・・・?ならば一体・・・それとも、噂などただの」
「今日太陽は出ていたか?」
「え?」
全く的外れな言葉に、射手座は困惑した。
「答えろ」
「・・・今日は、今にも雨が降りそうなほど・・・」


暗かったではないか。


射手座はそう続けようとして、一瞬息を詰めた。

(まさか———

射手座は寝室の窓へと駆け寄り、閉め切っていたカーテンを一気に開いた。


まさか


“欠陥持ち”は、双子座ではなく、




「俺、だったの、か」



窓の外には、灰色をした太陽が輝いていた。