双児宮の庭には様々な草花が植わっていた。
処女宮の庭程ではないが、双子座は定期的に手入れを施し、
今は足首ほどの高さの草の合間にちらほらと白い花が姿を見せている。
天気の良い日だ。
相変わらず噂は絶えなかったが、それは平和である表れであるのかもしれない。
重い足を引き摺りながらも双子座は出仕を欠かすこともなく、
休みであるこの日は久々に庭に出ていた。
ホースを手に、水が描く弧に浮かぶ七色の光をぼうっと見つめていた。
何時の間にか服を濡らし、足元には水溜りができていたが、双子座は気にすることもなく、
ただただぼんやりとして立っていた。
宮の廊下を歩いてきた弟が、その姿を見て顔を顰めた。
ずかずかと大股で歩み寄り、蛇口の栓を締めた。
「———服、濡れてるぞ」
兄は答えずに、視線だけを寄越した。
「・・・早く戻れ」
「心臓」
唐突に呟かれた言葉に、弟は僅かに方眉を吊り上げた。
「まだ、繋がっているな」
兄はそう言うと弟の胸元に手を伸ばした。
弟は眉間に皺を寄せたが、それも一瞬のことで、すぐに普段の不敵な笑みを浮かべ、
胸元に寄せられた手を撫でた。
「ああ」
弟は揚々と答えた。
「繋がっているさ」
弟は兄を抱き寄せ、耳元で囁いてやった。
“心臓”の契約には二種類有る。
一つは、今この双子の交わしている『連結』である。
同調させた小宇宙で互いの心臓を結び合い、負担を分かち合う。
何らかの負荷が一方にかかった時に、その負荷は分割され、内一つは相手へと伝わる。
弱りきった個体の“痛み”や“苦しみ”の半分を、自らの身を以って負担してやるものだが、
しかしこの双子は、互いの死を分かち合う為に契約を交わした。
この契約では、片方が死んだ時に、もう片方の心臓もその動きを止めるようになっている。
互いの“個”としての死を許さぬ、呪いでもあった。
「契約を・・・解いてくれと言ったら、どうする?」
弟は目を吊り上げた。
「何故だ」
「———」
弟は兄の髪を無理矢理に引っ掴んで、顔を近付けた。
「誰の為だ」
兄は答えない。
「言え。一体、誰の為だ」
兄は眼を瞑ってしまった。
「———黄金の中で“欠陥持ち”が居ると噂になっているらしいな。
言え。一体、誰の事だ?お前なのか?甦生されて直ぐに、お前は女神に呼ばれたな。
それもごく内々に、だ。———お前、何か言われたんじゃないのか?」
それでも、兄は何も答えなかった。
「一人で死のうなんて思うなよ。お前が死んだら、俺も死ぬ。
一人でなど逝かせるか———・・・!」
ぎりぎりと歯を噛み締め、弟は目を剥き兄を睨みつけた。
そのまま乱暴に口付けると、弟は髪を掴んだまま兄を地面に引き倒した。
水溜りなど気にも留めずに、弟は兄を泥の上に押し倒すと、その上に圧し掛かった。
「お前の命は俺のものだ。俺の命は、お前のもの。勝手な事は考えるな。
お前は俺とだけ、繋がっていればいい・・・!」
弟は血走った目で、ぶつぶつと呪いの様に呟きながら、兄のずるずるとした法衣の前を、
引き千切る様にして開いた。
そして胸の真ん中に手を這わせ、頬を寄せた。
「お前は俺のもんだ・・・そうだろ?」
恍惚とした表情で弟は熱い息を吐いて囁き、泥のついた手で兄の顔を、模様でも描くかの様に撫でた。
やがてその手は全身を這い回り、同時に唇も落としていった。
兄はその行為を黙って受け入れ、解放された時には泥に塗れ、汚濁に濡れ、
髪はぼさぼさに乱れていた。
弟はそんな兄の姿を満足げに見つめると、兄をそっと抱きしめてから、兄を抱きかかえて風呂場へと向かった。