「サガ」
双児宮に現れた突然の来客にサガは驚きに目を見開いた。
「ア、アテナ・・・・」
慌てて膝をつくサガに、女神、城戸沙織はお願いだから普段通りにしていて、と笑った。
サガは歳相応の少女らしく笑う沙織に少し微笑むと、顔をあげた。
「ごめんなさい。お邪魔だったかしら」
「いえ・・・アテナがいらっしゃって、庭の草花も喜んでおります」
双児宮の庭には、白い花がちらほらと咲いていた。
サガはホースの水をとめ、手を拭った。
「このような姿で申し訳ありません・・・」
「いいのよ。私はただ、お話しに来ただけですから」
にっこりと微笑む沙織に、サガは不思議そうな顔をした。
「中へどうぞ」
「ありがとう」
リビングへと連れ、紅茶を淹れる。
沙織は微笑んで礼を言うと、上品にティーカップを持ち口にした。
「実は、貴方に相談があって・・・」
「私に、ですか?」
サガは驚いた。なぜ自分に、しかもわざわざアテナ自ら双児宮に、と。
「アイオロスの誕生日のことです」
サガは一瞬身を硬くした。
そんなサガに沙織は苦笑すると、ティーカップを静かにテーブルに置いた。
「私もアイオロスに何かプレゼントをしようと思うのです」
「アテナ自ら・・・アイオロスもさぞ喜ぶことでしょう」
「ありがとう。ですが、なかなかいい案が思いつかなくて・・・」
「アテナから賜るものでしたら、アイオロスにとって何より喜ばしいものです」
「ふふ。貴方は自分のことをよくわかっていないようね」
沙織は目を細め笑った。
「最近、貴方たちが話をする姿をあまり見ませんね。・・・サガ、貴方の心には蟠りが?」
「蟠りなど・・・」
「あまり気にしすぎてはいけません。アイオロスは、貴方にこそ祝ってほしいのですから」
「そのような事は」
サガは顔を俯けた。その様子に沙織は微笑んで、言った。
「貴方は13年間、彼の時間を、人がこの世に生まれ出た日を、止めてしまったことを後悔しているのでしょう。
後悔するのは、決して悪いことではありません。ですが、これからを生きるには、前を向いて行かねばなりません」
「・・・」
「アイオロスは最近貴方の表情が暗いので心配している様ですよ」
「アテナにまでお心遣いを頂き・・・」
「サガ。これは私からのお願いです。どうか、二人で暖かな誕生日を迎えてください。
貴方の笑顔を、彼にあげてください。貴方の、大事な人へのプレゼントに・・・」
「アテナ・・・」
沙織はまたふわりと笑った。
「そうだわ、アイオロスには、ささやかではあるけれど“時間”をあげましょう。
サガ、貴方はアイオロスと幸せな“時間”を過ごしてくださいね」
沙織は微笑むと、双児宮を去っていった。
サガは、再び庭に出ると、白い花を眺めながら考えた。
ムウは、サガの一言には誰も適わないと言った。
アテナは、サガの笑顔をプレゼントに、と言った。
「・・・・祝えるだろうか」
後悔せず、前を向いて、彼の誕生日を。
「許されるのだろうか・・・」
自分が祝うことを。
サガは、アイオロスの笑顔を思い出し、静かに目を伏せた。
「シャカ、通るぞ」
「何用だ」
「ちょっとした散歩だ」
「そうか」
アイオロスは笑うと、庭先に禅を組むシャカに歩み寄った。
すっかり元通り、というわけにもいかないが、シャカの秘密の庭であった場所は、
今は小さな花が広がっていた。
「今日は暖かいな。ここは日当たりもよくて気持ちいい」
「アイオリアは私がここで修行をしていると隣で居眠りをしだす。困ったものだ」
「なんともかわいらしい庭だな」
「前のようにともいかないが、これはこれで草花も生き物もいるから気に入っている」
アイオロスは微笑むと、シャカの隣に腰を降ろした。
「暇なのかね?暇ならばサガに会って来たらどうだ?」
「ちょっとシャカ様に質問だ」
「何なりと聞きたまえ」
「・・・・アイオリアの誕生日の時、何かあげたか?」
「人の輪廻と誕生についての説法をしてやった」
その言葉にアイオロスは大きな声で笑った。
シャカは不機嫌そうな顔をすると、瞳をあけアイオロスを見た。
「何がおかしい」
「いや、シャカらしいな・・・説法か、あいつは眠らなかったか?」
「眠りだしそうになったら叩いて起こしてやったからな」
その言葉にアイオロスはまた笑うと、少し苦笑して言った。
「サガにもそのくらいの強かさがあればなあ」
「サガはあれでかなり強かだろう」
「まあ確かにそうなんだが・・・もっと素直に、打ち明けてほしい」
遠くを見詰め呟くように言ったアイオロスに、シャカはため息をついた。
「ならばアイオロスが素直にさせればいい。互いに気を遣い合うからこじれるのだ」
「なるほどなあ」
「へたな気など遣わず、アイオロスらしく接すればいい」
「俺らしく?」
「素直に祝ってほしいのだろう?ならばそう言ってみるのも良し、待つのも良し・・・」
「俺の器量次第か」
「そう心の狭い男でもあるまい?」
「そうだな。サガの為ならどこまでも心の広い男になれるぞ」
「嫉妬心にかられる姿はそうは見えんがな」
「サガは俺のだ。他へ向ける目にまで心穏やかではいられないさ」
「まあ精々その器量とやらでサガの心を開かせるのだな」
アイオロスは笑うと、立ち上がってシャカに礼を言い、処女宮を出た。
その足はまっすぐ、双児宮へと向かった。
「サガー?」
アイオロスが無断でうろうろと双児宮を歩き回っていると、庭に佇むサガの姿を見つけた。
「今日は天気がいいからな・・・」
アイオロスは微笑んで近寄ると、後ろからサガを抱き締めた。
「アイオロス・・・」
「会いたくなった」
サガは苦笑すると、コーヒーでも淹れようといって中へ入っていった。
アイオロスは後についていき、リビングのソファに腰を下ろした。
サガからマグカップを受け取り、一口啜った。
サガはなんだか久しぶりに触れたような気がして、少しばつの悪そうな顔をした。
「サガ」
優しく呼びかける声に、慌てて顔を上げる。
「俺の誕生日に、一緒にいてくれるか?」
「え・・・?」
「傍に、いてくれるだけでいい」
アイオロスは笑った。サガは答えられず俯く。
「俺はいつまでも待っている。サガが、自分で笑顔を取り戻してくれるまで」
「自分で・・・」
「俺では、悲しませてしまうようだからな」
その言葉に、サガははっとしてアイオロスを見た。
「違う!アイオロスのせいではない・・・私の弱さのせいだ」
「サガ。・・・・辛いなら、言えばいい。苦しいなら、打ち明ければいい。
俺のことでいつまでもサガが罪を感じ続ける必要はない。そんなことで苦しみ続けるな。
だがサガが・・・サガがそれを許さないのならば、せめてその心にある思いを・・・蟠りを打ち明けてくれ」
「・・・」
アイオロスはサガを隣に引き寄せ、頬を撫でた。
「それは決して、罪ではないよ」
「アイオロス・・・」
アイオロスはサガの頭を抱えるように抱き締めた。
サガはアイオロスの胸の中で、穏やかなコスモを感じた。
(広い心・・・温かな射手座の・・・・)
「サガが、傍にいてくれれば・・・」
(悲しませてしまったのだろうか・・・私が、アイオロスを・・・)
いつまでも過去に囚われ、前に進めない自分に、彼は悲しんだのだろうか。
「もし、許されるなら・・・」
「うん」
「お前の生まれた日に、お前の傍に・・・・」
サガはアイオロスの胸に頬を摺り寄せた。
アイオロスは微笑むと、サガの顔を自分に向かせ、額にそっと口づけを落とした。
「ありがとう、サガ。・・・こんな余裕のあるフリをしているが、本当は結構ギリギリなんだ」
「え?」
「誕生日の夜に、お前を得られないなんて考えられないからな」
「アイオロス!」
アイオロスは笑うと、サガの顔を引き寄せ口づけた。
はじめは触れるだけの口づけは、次第に深いものへと変わっていった。