celebrate our birthday. act2

「サガ」
双児宮に現れた突然の来客にサガは驚きに目を見開いた。

「ア、アテナ・・・・」
慌てて膝をつくサガに、女神、城戸沙織はお願いだから普段通りにしていて、と笑った。
サガは歳相応の少女らしく笑う沙織に少し微笑むと、顔をあげた。

「ごめんなさい。お邪魔だったかしら」
「いえ・・・アテナがいらっしゃって、庭の草花も喜んでおります」
双児宮の庭には、白い花がちらほらと咲いていた。
サガはホースの水をとめ、手を拭った。
「このような姿で申し訳ありません・・・」
「いいのよ。私はただ、お話しに来ただけですから」
にっこりと微笑む沙織に、サガは不思議そうな顔をした。
「中へどうぞ」
「ありがとう」
リビングへと連れ、紅茶を淹れる。
沙織は微笑んで礼を言うと、上品にティーカップを持ち口にした。
「実は、貴方に相談があって・・・」
「私に、ですか?」
サガは驚いた。なぜ自分に、しかもわざわざアテナ自ら双児宮に、と。
「アイオロスの誕生日のことです」
サガは一瞬身を硬くした。
そんなサガに沙織は苦笑すると、ティーカップを静かにテーブルに置いた。
「私もアイオロスに何かプレゼントをしようと思うのです」
「アテナ自ら・・・アイオロスもさぞ喜ぶことでしょう」
「ありがとう。ですが、なかなかいい案が思いつかなくて・・・」
「アテナから賜るものでしたら、アイオロスにとって何より喜ばしいものです」
「ふふ。貴方は自分のことをよくわかっていないようね」
沙織は目を細め笑った。
「最近、貴方たちが話をする姿をあまり見ませんね。・・・サガ、貴方の心には蟠りが?」
「蟠りなど・・・」
「あまり気にしすぎてはいけません。アイオロスは、貴方にこそ祝ってほしいのですから」
「そのような事は」
サガは顔を俯けた。その様子に沙織は微笑んで、言った。
「貴方は13年間、彼の時間を、人がこの世に生まれ出た日を、止めてしまったことを後悔しているのでしょう。
後悔するのは、決して悪いことではありません。ですが、これからを生きるには、前を向いて行かねばなりません」
「・・・」
「アイオロスは最近貴方の表情が暗いので心配している様ですよ」
「アテナにまでお心遣いを頂き・・・」
「サガ。これは私からのお願いです。どうか、二人で暖かな誕生日を迎えてください。
貴方の笑顔を、彼にあげてください。貴方の、大事な人へのプレゼントに・・・」
「アテナ・・・」
沙織はまたふわりと笑った。
「そうだわ、アイオロスには、ささやかではあるけれど“時間”をあげましょう。
サガ、貴方はアイオロスと幸せな“時間”を過ごしてくださいね」
沙織は微笑むと、双児宮を去っていった。
サガは、再び庭に出ると、白い花を眺めながら考えた。

ムウは、サガの一言には誰も適わないと言った。
アテナは、サガの笑顔をプレゼントに、と言った。

「・・・・祝えるだろうか」
後悔せず、前を向いて、彼の誕生日を。

「許されるのだろうか・・・」

自分が祝うことを。


サガは、アイオロスの笑顔を思い出し、静かに目を伏せた。



「シャカ、通るぞ」
「何用だ」
「ちょっとした散歩だ」
「そうか」
アイオロスは笑うと、庭先に禅を組むシャカに歩み寄った。
すっかり元通り、というわけにもいかないが、シャカの秘密の庭であった場所は、
今は小さな花が広がっていた。
「今日は暖かいな。ここは日当たりもよくて気持ちいい」
「アイオリアは私がここで修行をしていると隣で居眠りをしだす。困ったものだ」
「なんともかわいらしい庭だな」
「前のようにともいかないが、これはこれで草花も生き物もいるから気に入っている」
アイオロスは微笑むと、シャカの隣に腰を降ろした。
「暇なのかね?暇ならばサガに会って来たらどうだ?」
「ちょっとシャカ様に質問だ」
「何なりと聞きたまえ」
「・・・・アイオリアの誕生日の時、何かあげたか?」
「人の輪廻と誕生についての説法をしてやった」
その言葉にアイオロスは大きな声で笑った。
シャカは不機嫌そうな顔をすると、瞳をあけアイオロスを見た。
「何がおかしい」
「いや、シャカらしいな・・・説法か、あいつは眠らなかったか?」
「眠りだしそうになったら叩いて起こしてやったからな」
その言葉にアイオロスはまた笑うと、少し苦笑して言った。
「サガにもそのくらいの強かさがあればなあ」
「サガはあれでかなり強かだろう」
「まあ確かにそうなんだが・・・もっと素直に、打ち明けてほしい」
遠くを見詰め呟くように言ったアイオロスに、シャカはため息をついた。
「ならばアイオロスが素直にさせればいい。互いに気を遣い合うからこじれるのだ」
「なるほどなあ」
「へたな気など遣わず、アイオロスらしく接すればいい」
「俺らしく?」
「素直に祝ってほしいのだろう?ならばそう言ってみるのも良し、待つのも良し・・・」
「俺の器量次第か」
「そう心の狭い男でもあるまい?」
「そうだな。サガの為ならどこまでも心の広い男になれるぞ」
「嫉妬心にかられる姿はそうは見えんがな」
「サガは俺のだ。他へ向ける目にまで心穏やかではいられないさ」
「まあ精々その器量とやらでサガの心を開かせるのだな」
アイオロスは笑うと、立ち上がってシャカに礼を言い、処女宮を出た。

その足はまっすぐ、双児宮へと向かった。



「サガー?」
アイオロスが無断でうろうろと双児宮を歩き回っていると、庭に佇むサガの姿を見つけた。
「今日は天気がいいからな・・・」
アイオロスは微笑んで近寄ると、後ろからサガを抱き締めた。
「アイオロス・・・」
「会いたくなった」
サガは苦笑すると、コーヒーでも淹れようといって中へ入っていった。
アイオロスは後についていき、リビングのソファに腰を下ろした。

サガからマグカップを受け取り、一口啜った。
サガはなんだか久しぶりに触れたような気がして、少しばつの悪そうな顔をした。

「サガ」
優しく呼びかける声に、慌てて顔を上げる。
「俺の誕生日に、一緒にいてくれるか?」
「え・・・?」
「傍に、いてくれるだけでいい」
アイオロスは笑った。サガは答えられず俯く。
「俺はいつまでも待っている。サガが、自分で笑顔を取り戻してくれるまで」
「自分で・・・」
「俺では、悲しませてしまうようだからな」
その言葉に、サガははっとしてアイオロスを見た。
「違う!アイオロスのせいではない・・・私の弱さのせいだ」
「サガ。・・・・辛いなら、言えばいい。苦しいなら、打ち明ければいい。
俺のことでいつまでもサガが罪を感じ続ける必要はない。そんなことで苦しみ続けるな。
だがサガが・・・サガがそれを許さないのならば、せめてその心にある思いを・・・蟠りを打ち明けてくれ」
「・・・」
アイオロスはサガを隣に引き寄せ、頬を撫でた。
「それは決して、罪ではないよ」
「アイオロス・・・」
アイオロスはサガの頭を抱えるように抱き締めた。
サガはアイオロスの胸の中で、穏やかなコスモを感じた。
(広い心・・・温かな射手座の・・・・)
「サガが、傍にいてくれれば・・・」
(悲しませてしまったのだろうか・・・私が、アイオロスを・・・)
いつまでも過去に囚われ、前に進めない自分に、彼は悲しんだのだろうか。
「もし、許されるなら・・・」
「うん」
「お前の生まれた日に、お前の傍に・・・・」
サガはアイオロスの胸に頬を摺り寄せた。
アイオロスは微笑むと、サガの顔を自分に向かせ、額にそっと口づけを落とした。
「ありがとう、サガ。・・・こんな余裕のあるフリをしているが、本当は結構ギリギリなんだ」
「え?」
「誕生日の夜に、お前を得られないなんて考えられないからな」
「アイオロス!」
アイオロスは笑うと、サガの顔を引き寄せ口づけた。
はじめは触れるだけの口づけは、次第に深いものへと変わっていった。