第三話:鉄の腕<うで>


左腕を隠すマントをまたつけて、クレーバは酒場を出た。
通常のサイズよりかなり大きい、だぶだぶのジーンズから、タバコを取り出し、火を点ける。
タバコの端から登る煙を見ながら、クレーバは一人考える。
自分の左腕。これは、ギアだ。
望んだわけではない。ちょっとしたことから、こんな腕になってしまった。
悔いても始まらないので最近は気にしていないが、それでも、不便ではある。
もっとも、今日の様に役に立つこともたまにはあるが――
そんなことを考えながら、大して吸ってもいないタバコを地面に捨てて踏み消し、次を取り出そうとポケットからタバコの箱を取り出したとき、
どぐっ!
いきなり、クレーバの足元がえぐられた。
「な、なんだ!?」
クレーバの足元をえぐったもの、それは。鉄の拳だった。人の頭くらいなら握りつぶせそうな、大きい拳。
しかも、手首から下につながっているのは、腕ではなく、太いワイヤーだった。そんな拳が、飛んできたのだ。
強いて言えば、『有線ロケットパンチ』とでも言ったところか。
「なんだってこんなモンが飛んで来ンだよ……」
胡乱げな目で、それを見つめるクレーバ。
それに触れようとした瞬間、
するるるるるるる……
比較的静かな音を立てながらワイヤーが巻き取られ、鉄の拳はワイヤーに引っ張られていった。
「………………」
クレーバは、ぽかんとしながらそれを見つめる。
「ンだよ、ったく」
また、どこぞのだれかが変なたくらみでもしたのだろう。
いままでも、このようなことはあった。
左腕がギアだ、賞金首と思うやつもいるのだろう。
捕まえて警察機構に引き渡そうとする輩や、腕試しに挑んでこようとするようなヤツもいた。
その中には、今の様に不意打ちをする者もいた。
今回もそんなヤツだろうと思い、クレーバはまた歩き出した。しかし。
どぐっ!
「うわっとぉ!」
またもや足元をえぐられる。飛んできたのは、さっきと同じ鉄の拳だ。
「コラ!どこのどいつだ!俺だっていい加減キレるぞ!!」
拳はワイヤーつきなので、発射された方向は分かる。
発射した人間がいると思われる方向に向かって、クレーバは思いっきり叫んだ。すると、
『……分かった。しばし待て』
どこからともなく、スピーカー越しの音声が聞こえてきた。
するるるるるる……
また、拳のワイヤーが巻き取られる。
しかし今度は先ほどとは反対方向、つまり発射元がこちらに来るように巻いている。発射した者がこちらに向かっているのだ。
(一発ブン殴ってやるよ……!)
そんなことを考えながら発射した人物を待っていたクレーバだが。


「待たせた」
その人間を見たとき、クレーバの眉間に皺が寄った。
理由の一つ目は、その人間が女だったこと。まあこれは、絶対男であると言う確証は無かったのでどうでもいいのだが。
問題は二つ目。その女の着ている服が、ツェップの正式軍服だったからだ。つまり、「有線ロケットパンチ」を発射した人物は、ツェップの軍人だったのだ。
「私はツェップのチャネル・N少尉だ」
女がそう言って敬礼する。
どちらかと言うと華奢な体つき。髪を中央で左右に流している。
黒縁の眼鏡をかけた、外見的には真面目そうな女だ。右手には、例の、こんな女ではもてそうもないような大きさのロケットパンチがある。
「ンで、何でこんなことしたんだ、コラ」
思いっきりガンを飛ばしながら、クレーバ。
「突然の攻撃行為、許してほしいとは言わない。だが、そうでもしないと、貴公を捕縛できないと思い、このような行動を起こした」
淡々と述べるチャネル少尉。
「捕縛……?」
クレーバは疑問に思った。
自慢ではないが、殺しと盗みと食い逃げと薬以外は、たいていの犯罪をやっている自覚はある。
クレーバは、この女―確か、チャネル―を見た瞬間、警察が軍を使ってでも捕まえに来たのかと思った。しかし、その場合なら「捕縛」ではなく「逮捕」だ。
では、どうして。


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