第二話:異端


青年の体に繋がっている腕は、明らかに人の物ではなかった。
『ギア』。その単語が三人の男の頭を掠める。
ギア。人間により生み出され、数年前まで人間と戦争をしていた恐怖の種族。
司令塔であるジャスティスを失い、絶滅したといわれている種族。
「な、な、てめ……」
そんなものが存在するはずはない。だが、目の前にいるこの男の左腕は……
男三人は恐怖と驚愕に支配され、まともに声が出ない。
男達とは対照的に青年はにやにやしながら、
「なんだ?どうしたんだ?」
男達に向けて言った。
男達が目と口を目一杯広げている前で、青年はその左腕で、ひょいと床に落ちているひとつの酒瓶を拾い上げた。
人差し指と親指の間に挟んで、ちょっとだけ力を込める。
ぱきん。
情けない音を残して、その酒瓶はいとも簡単に、割れた。
男達の目がさらに見開かれる。
その目の大きさも、ある意味人の物ではなかっただった。
「おいおい、どうしたんだよ?」
まだにやにやしながら、青年が言い、その左腕を中央に立っている男の肩にぽむっと乗せる。
肩を乗られた男は顔を強張らせ、ぎりぎりと音がしそうな動き方でその腕を見る。
恐らく、油をさしていないブリキのロボットなども、同じような動き方をするのだろう。
「お、おま、な、おい……」
かすれた声で、その中央の男がやっとつぶやく。
「なんだ?ああ、そういえば、ここら辺のボス様に、自己紹介がまだだったな。俺の名はクレーバ・M・リトル。ま、よろしく」
そう言って、青年―クレーバは、握手を求めるように意地悪く左手を差し出す。
「ひっ!」
手を差し出された真ん中の男が、裏返った声を上げる。
「あ……あ……ああああああああああああ!!!!!!!!!」
そして一瞬だけ、差し出された手を握ろうか戸惑った男は、次の瞬間、脱兎の如く逃げ出した。
その男に、そのほか二人の男も続いて逃げ出す。
「ありゃりゃ……」
右手で、頭を掻く。
「ま、仕方ねぇか、な……」
そこでクレーバは、酒場の中のすべての視線が自分に集まっているのに気づいた。
猜疑の視線。恐怖の視線。驚愕の視線。そして、何かを画策しているような視線。
友好的な視線はひとつも無かった。
そしてその酒場のマスターは―おそらく、このような仕事だと『異常者』には慣れているのだろう―早く出て行ってくれないか、と物語る視線を向けていた。
クレーバはひょいと肩をすくめると、
「へいへい、わーったよ、出て行きゃいーんだろ。ほら。釣りはいらねーよ」
そう言って、幾枚かのW$札をカウンターに置くと、さっさと出て行った。



蛇足だが、一応書いておく。
クレーバの払った金から出る釣りは、たったの2W$だった。

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