ツェップの裏路地のうらぶれたの酒場に、一人の男が入ってきた。 身の丈は、標準より少々高い程度。 緑がかった金髪の青年だ。なぜか、マントのような布で左腕が丸ごと隠れるようにしている。 男が入った酒場の中は、まさに『吹き溜まり』を具現したような場所だった。 タバコの煙で空気が淀み、酒の瓶が転がり、安っぽいジャズを奏でるピアニスト。 青年は開いているストゥール―カウンターの前、一番右より二つ左―に座った。 マスターに「強い酒なら何でもいい」と注文する。 マスターはかなり嫌そうな顔をして、グラスに氷をぶち込むと、どこの言語で書いてあるのか分からないラベルの透明な酒を乱暴に注いで、青年に差し出した。 青年は値踏みするようにグラスの液体を眺めると、一口呷る。 (……………………) 意外なことに、なかなか美味かった。 前に同じような酒場で同じ注文をしたら、大ジョッキに氷も入れずにミネラルウォーター(しかも高級なやつ)をなみなみと注がれたことがあったので、それよりはずいぶんましだ。 しばらく青年が酒を堪能していると、 「なあ、そこのあんた」 背中を小突かれた。 振り返ると、男が三人。 「なあ、あんた、ここら辺の人間じゃねぇだろ、なあ」 やたらと「なあ」を連発するなぁと思いつつ、青年は苦笑した。 「そうと言やぁそうだけど……もしかしたら、人間じゃねぇかもよ?」 後半部分は、あくまで他人に聞こえないような小声で。 「俺らは、ここら辺でちょっとは顔の知れてる者達なんだが……あんたは見たトコ、結構賢そうだ。この意味、分かるよな?」 男の一人が、右手を出す。 青年はそれを怪訝そうな顔で見て、 「ンだよ、その手は」 訊ねた。 男の中の一人がフンと鼻を鳴らして、 「登録料だよ、登録料。俺らは、ここら辺を取り仕切ってる。だから、ここらにいるやつらをどっかのよそモンと間違わねぇために覚えなきゃいけねぇわけだが……めんどくせぇし俺達の頭のスペースを食うんだよ。だから、登録料」 つまり、態のいいカツアゲじゃねぇか…… 眉を吊り上げてそんなことを考えてる青年には気づいていない様子で、男はさらに続けた。 「それに、おぇの左腕、何で隠してんだよ?さっきから見てりゃ使おうともしてねぇし。でも腕がねぇ、ってわけでもなさそうだ。物騒なもん隠し持ってるかも知れねぇし、中身、見せてくんねぇか?」 男が言うと、青年は不敵な笑みを浮かべて、 「見てぇか?」 座ったまま、男達を見上げていった。 「見てぇなら……ま、いくらでも見せてやるぜ。小便漏らすなよ?」 青年は左腕の布を取り払った。 男達が、息を呑む。 そこにあったのは。黒くてつやのある、人間のサイズとはまるで違う、肘関節が二つある腕だった。 |