その竜殺しが、死の蔓延した戦場に降り立った。 ボリュームのある銀の長髪は、まるで鬣<たてがみ>だ。戦場での双眸は剣呑な光を放ち、正に獅子を彷彿とさせる。 標準の聖騎士団の制服を、動きやすそうにアレンジした服の下に隠れた筋肉は、決して伊達ではない。 共に到着した部下を背後でそのままに、クリフは傷つき戦意を失いかけている仲間の元へ、ゆっくりとした歩調で近づいた。 まだ彼らは自分たちの到着に気づいていない。 GEARらは、戦法を変え、遠目からチクチクと攻撃を行い、消耗戦でこちらを潰そうとしているようだ。 クリフは、仲間たちの元へと到着すると、じゃりっと音を立てて立ち止まった。 背中で、その音を聞いた一人の法術使が、ばっと顔を向ける。 「――…団長ッ!?」 思いっきり面食らった表情で、そいつは言い、身体を完全にクリフに向けた。 だが、すぐに表情を引き締め、居心地が悪そうに視線を漂わせる。 それもそのはず、クリフを知っているものならば、彼が、今、怒っているのは一目瞭然だからだ。しかも、その矛先はGEARではない。 「…だ、団長……」 何か言おうとした法術使を、無言で手だけでぴしゃりと制してから、クリフは一歩、前に進み出る。 そのまま、すううっと大きく息を吸い込み、そして―― 「聖騎士団!!!!」 戦場全体に響き渡るような大声を吐き散らかした。 GEARは、新たに現れた聖騎士に警戒し、聖騎士たちは、その大声に驚愕して一斉に振り向いた。 全員が全員、最初の法術使と同じような反応を見せる。口々に、「団長」を連呼しざわめく。 「何をやってやがるんだ! お前らは!!」 どすんと斬竜刀を地面に叩きつけると、そう一喝。 「いくら窮地に陥っても、どんな強敵が現れても、そこで諦めるやつがあるか!! 聖騎士団は、GEARの脅威から民草を護る為の巌だ!! その俺たちが、真っ先に戦うことを恐れて諦めるなんてことは、許されることじゃねぇ!!」 GEARたちは、今を好機と見たのか、じりじりと近寄ってくる。だが、聖騎士たちは、クリフの言葉に気をとられ、それに気づいていない。 「俺達は、何だ!? 何の為に戦ってる!? 俺たちが、戦うことに足を竦めたら、どうなる!? 思い出せ! 忘れるな!! そして、刻み込め!!!」 司令塔から攻撃命令が下されたのか、四体の熊形GEARが一気に飛び出す。 化け物じみた巨躯が持つ牙と爪は、凶器というよりも兵器だ。 だが、聖騎士たちは、それらに首だけしか振り向けないで、それ以上、身体が反応しない。 その間を、一陣の旋風<かぜ>が駆け抜ける。 「俺達は、聖騎士団だ! 戦えない民を護る為に戦っている! 足を竦めたら大切なものは根こそぎ奪われる!」 振り下ろされた爪は、まっすぐに聖騎士たちに向かう。 紛れもない殺意をのせたそれを避ける事は叶わない。命は、奪われる。 「だから、思い出せ! 忘れるな!! そして、刻み込め!!」 クリフは、跳んだ。 そして、熊たちの中心に降り立つのと同時に、斬竜刀を地面深く突き立てる。 瞬間、『気』の法力の奔流が迸り、四体の熊を一撃のもと屠った。 不協和音のような悲鳴をあげながら砕ける熊たちを尻目に、クリフは斬竜刀を引き抜き担ぐ。そして、背中越しに吼えた。 「返事はどうした! 聖騎士団!!」 数瞬の後、戦意が喪失していたはずの聖騎士たちが、ひとり、またひとりとゆったりとした動作だが、確かに立ち上がり始める。 そして…… 「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」 誰の声とも判別がつかない程の大量の叫びが、戦場に響き渡る。クリフは、その雄叫びを背中で受けながら、口の端を笑みで彩る。 「物理攻撃隊、前へ出ろ! 三叉の陣だ!! 守護天使は、部下への号令、作戦陣形を再編成! 法支援部隊は、物理攻撃隊と俺を援護! 戦えない者は後方に下がれ!」 クリフの号令を受け、聖騎士たちの動きに精彩が戻っていく。数分前まで、撤退寸前だったというのにだ。 それを持ち直すだけの器量と実力と、そして何より信頼が聖騎士団の団長にはあった。 劣勢だった戦場は、奇跡とも言える逆転劇で締めくくられた。 だが、この戦場で勝ちを拾えたのは、奇跡などという、曖昧でいい加減なものが原因ではない。 すべての事象にまぐれが存在するとしても、結局は、そのまぐれを引き起こすのは、本来、自分自身がもっている実力の範疇内の出来事なのだ。 だから、この戦場での勝利は奇跡などではなく、全員が全員、全力を惜しみなく発揮した故の当然の結果だった。 「Meet Again」TOPへ |