つい/ついで/ついえる ―――――― 雨梓 |
距離にして15cm、辛うじて視界に収まる顔は断崖絶壁に立ち今にも崖下に飛び込まんとする殺人犯のようだった。 何をそんなに切羽詰ってる。と残念ながらそんな質問を投げかけられるほど俺は天然ではなかった上に(第一、そんな質問が許されるのは朝比奈さんだけだ)嫌と言うほど、このおぞましい現実を朝から突きつけられているのだ。まあ確かにここに来るまでの俺は一通り叫んでみたり夢じゃないかと二度寝してみたり頬を抓ったりしてみたりもしたのだが、やたら身体に密着している制服を身に着けた時点で色々吹っ切れた。そうでなければ、何が悲しくてこんな格好して公道を歩かなければならないのか。いや公道でなくても断固として拒否したいところではあるのだが。 しかし、救いと言うべきか元凶というべきか悩むところではあるが、原因は分かりきっている。ハルヒだ。 その点はいい。いや、良くはないが、俺には一つ確認しておきたいことがあった。そうでなければ、朝っぱらから誰が古泉の携帯を鳴らすものか。至近距離で顔を近づけてくる古泉から距離をとりつつ、懸案事項を口にする。まあ、今の俺を見た古泉の反応で大体決着はついているのだが。 「お前はSOS団の俄か超能力者な古泉一樹で間違いないな?」 「…ええ、そうですが、あなたは、どうしたんですか、それ」 珍しく詰まりながら言う古泉を見るに、つまり今現在おかしいのは俺だけだということだろう。それほど差の無かった身長は、いまや頭一つ古泉が抜きん出ている。呆然と見下ろしていた古泉はいつの間にか身体を屈めて視線を合わせてきている。畜生。 俺がどうしたかって?そんなことは古泉だって分かりきっているはずだ。 「…あいつ以外にこんなことできるやつが誰がいる・・!」 こんなこと、つまり忌々しいことこの上ないのだが、これまでの状況を単純かつ客観的に表現すると、朝、ベッドから起きた俺の身体には、平たいはずの所が膨らみ、あるはずのものがなくなっていた。上半身の膨らみの柔らかさに、俺は正直に言おう、恐れ戦いた。その上、あのセーラー服のスカート丈は何だ!やけに身体のラインを強調する制服をよく女子は毎日平気に来ていられるものだ。別にそんなこと(それも実地で)知りたくもなかった。 ところが俺がこぶしを握り締め唸っている間に、古泉は投身自殺を図る犯罪者から胡散臭い高校生へと見事にジョブチェンジしていた。流石に多少の異常事態にはこいつも俺も耐性があり、自分で言うのもなんだが俺は特殊な状況に対する適応能力という点ではそこらの高校生よりなかなか高いのではないかと自負している。だがしかし、限度があるだろう限度が。 だが古泉にとってはそうではなかったらしい。そりゃそうだろう俺だってこうなってるのが俺ではくこいつだったらとっくに現実を受け入れ、腹を抱えて笑っていたことだろう。さっさと一人混乱から抜け出した古泉は、いつもどおりの笑顔を貼り付けにこにこと笑っている。ちくしょう 「よくお似合いですよ」 セーラー服が。 一瞬にして芽生えた殺意をどうにか宥めつつ、姿勢を正した古泉の顔を睨みあげると、古泉は至極楽しげににこにこと笑った。 「…本気で楽しそうに笑うな」 「おや、分かりますか」 分からいでか。その緩みきった顔を鏡で見てくればいい。普段より二割り増しの笑顔で古泉は今まで何度も見た調子で肩をすくめ、俺の二の腕を掴んだ。半袖から伸びる腕は、昨日までの腕より細かった。まるで他人の腕のようだ。 微妙な顔をしていると、古泉は微かに苦笑して(つくづく笑顔のレパートリーの多い奴だ)腕を引く。そのまま軽く体の重心を移動させられて、古泉の方に体が倒れそうになる。のを、古泉が胸と両腕で支えてくる。つまり、抱きしめられている、んだろう、これはきっと。 「………何がしたい」 「またとない機会ですから、堪能しておこうと思いまして」 やに下がった顔で笑う古泉に、ひくりと口元を引きつらせて、腕を抓り上げてやった。 ……だから、どうしてそこで、笑うんだお前は。 何か、もうごめんなさい…
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