ついついでついえる ―――――― 雨梓
サイファーが無意識に伸ばした手を、スコールは無意識で振り払った。

「…………」
「……………」
 廊下で、サイファーを見上げるスコールと、スコールを見下ろすサイファーは、なんともいえない表情で空中で静止したままの手と、それを振り払った手を見つめた。
 見上げた先、サイファーは眉を顰めてスコールの手を睨み付けている。振り払ったことで機嫌を損ねたのだろうか。それでもイヤだとか嫌いだとか、そういう感情より早く、手が動いたのだから仕方がない。
「なんだ?」
「…別に」
 いつもと台詞がまるで逆だ。ふいと視線をそらしたサイファーにスコールはついに噴出した。驚いた顔をするサイファーに、何だその顔はとスコールは思った。今日のサイファーは珍しいことばかりする。
「それはお前のことだろうが」
 苦虫を噛み潰したように忌々しげに言われる。
「…それで?結局何だったんだ」
「……ちょーどいいところに頭があったんだよ」
 なんだそれ。スコールは笑ったが、サイファーは憮然として口を閉ざした。それがまるで石の家で、ママ先生に叱られたときのサイファーそのままだったので、スコールはまた愉快になってくすくすと笑う。
「あんた、昔からそんな顔してたよな」
「うっせえ」
 吐き捨てるように言って、サイファーはスコールの髪をかき混ぜた。今度は、振り払わなかった。
「だいたい、いきなり頭に手を伸ばされたら振り払うに決まってる」
「しょーがねぇだろ、無意識だったんだから」
 胸を張って言うサイファーに、スコールは閉口した。一体何を威張れるのかが分からない。一通りスコールの髪をかき混ぜた手は、今は梳くように頭を撫でている。
「…お前さあ、」
「ん?」
「頭、撫でられたことないだろ」
「さあ。ママ先生辺りなら知ってるんじゃないのか」
 覚えてないだけかもしれないが、確かにそういう記憶はなかった。撫でられたいと、思ったことがあったかどうかももはや定かではない。
「…あんただって、そうだろ」
「まあな」
 ようやくスコールの頭を解放したサイファーは肩をすくめて笑った。頭にはまるでサイファーらしくない手の触れた感覚が残影のように残っている。不思議な感覚だった。(けれど、なるほど悪くはない。)スコールは微笑んでサイファーを見上げる。
「撫でてやろうか?」
「…遠慮しとく」
 ため息を吐き出したサイファーに、スコールはまた小さく笑って、じゃあ今度撫でてやろう、と思った。完全な親切で(とまあ確かに多少、含むところが無かったわけでもないけれど)あるのだからサイファーが受け取らないはずはない。
「覚悟しておくといい」
「・・言葉は正しく使ってくれ…」
「じゃあ、心の準備を」
 笑ったスコールに、サイファーは、はいはいと諦めたように息を吐いた。(ああ、懐かしいな) あの頃を思い出したのはつい先ごろのことだと言うのに、気付いた途端にあのころの空気が不意に顔を出してくる。するとどうも口元はスコールとサイファーの意識から外れて、互いに勝手に笑い始めるらしかった。

(ああ、まったく、こまった、な)