ついついでついえる ―――――― 雨梓
 ジャリ、と革靴の底で何かを踏みつけた音がした。大方皿の破片か何かだろう。入った部屋の中は床のそこら中に何かしら壊れたものが転がっている。ゴミ箱をひっくり返したかのような室内で、真っ二つに割れた白い皿を見下ろして日本は眉を顰めた。あれは、高価なものであろうに。
 日本はソファの前にあるものをざっと片付けてソファの前で膝立ちになった。あの白い皿も怪我をしないようにそっと持ち上げてわきに重ねて置く。
「アメリカさん」
 ソファに座って俯いたままのアメリカはむすっとした表情で黙り込んでいる。日本は苦笑して乱れた金の髪を手櫛で整え、形の良い頭を子どもにするように撫でてやった。むずがる様子を見せたアメリカに日本は苦笑して、俯いたままのアメリカの顔を覗き込む。
「何を拗ねてるんですか」
「…拗ねてない」
 口を尖らせて言うアメリカにそうですか、と日本は頷いて、ぽんぽんと金の髪を撫でてやった。ソファに座り俯いているアメリカと膝立ちの日本は、わずかに日本の背の方が高い。
「…外で、イギリスさんがお待ちですよ」
 ぴくりと肩の震えたアメリカに、これはつまり兄弟喧嘩ということでしょうかと日本は思った。まあ、そうでなければアメリカとイギリスが喧嘩など、大事なのだが。そこに自分が入っているのはどういうことだろうかと日本は思ったが、あまり考えないことにした。ただ、腕時計を見るとそろそろ会議の始まる時間が迫っていることだし、このままのアメリカと、部屋の外で怒ってるんだか落ち込んでるんだか分かりづらいイギリスをここに残しておくわけにも行かないだろう。そもそも自分はこの二人を呼びにここまで来たはずだったのだけれど。
「もう喧嘩は終わったのでしょう?なら、仲直りしていらっしゃい」
 相手は自分にとって最大の同盟国であるはずなのだが、どうも今のアメリカが子どもにしか見えない日本の口調も自然と子を叱る母のようなものになってしまっている。
 足の踏み場も無いような物の散乱した部屋を見渡して日本は苦笑した。それでも、アメリカとイギリスには傷はほとんど無かったのだ。
「それに、そろそろ時間がありません」
 ようやく顔を上げたアメリカに腕時計の時間を示すと、アメリカはようやくどうして日本がここに来たのかを察したらしい。では行きますか、と立ち上がった日本を見上げる格好になったアメリカに、珍しいこともあるものだ日本は思ったが、にこりと笑って口にはしなかった。
「大丈夫ですよ、ちゃんとイギリスさんも待ってくださってますから」
 屈んでこちらの親子がするように、額にキスをした。呆然とこちらを見るアメリカに、そんなに珍しいものですかねえと日本は嘯いて、ほら行きますよと扉に向かう。一歩遅れてアメリカがついてくる様子に日本はほ、と微かに息をついた。
「君のところじゃ、キスはしないって言ってたじゃないか」
 しかし、なにやら後ろから不満げな声が聞こえてくる。
「ええ、言いました。でも、例外もあります」
「…なにそれ」
 にこりと笑って、日本は扉を開けた。扉を睨みつけていたらしいイギリスが慌てて目をそらす様子に日本は、そっと笑う。きっと心配で仕方なかったのだろう。
「イギリスさん」
 大丈夫ですよとニュアンスをこめて名を呼ぶと、分が悪そうにイギリスは目をそらす。それがまるで先ほどのアメリカのようで日本はくすくすと笑った。本当に、この兄弟は。



***

「ところでねえ、日本。さっき言ってた例外って何だい?」
 会議場へ行く途中、すっかりペースを取り戻したアメリカが振り返って問うのに、日本はやんわりと微笑む。日本の隣を歩いていたイギリスが何のことだと首を傾げたが、説明すると面倒なので笑って濁した。

「恋人と、子どもですよ」