__Walk_in_the_moonshine,_and_drink_like_a_jellyfish.__

[02.02.03] 

〜海月の放流〜 006

□前回までのあらすじ:
はじめの一歩は羽田から台湾へ飛ぶ。
あれっ?日本を歩いて旅するんじゃなかったっけ?


●『旅に入る - 台湾の巻 -』

日本を旅すると言っときながらはじめの一歩は飛行機で台湾へ。と言うのは。 台湾から沖縄に渡る国際航路(船)があることを知ったからだった。
船で日本に入国する。なんかその響きが素敵に感じた。どうせ沖縄から旅を始 めるのならこんな方法で入るのがいいなと思った。

しかも。ヒョンなことから台湾には同行者が付く事になった。詩人であり写真 家でもある 山中隆史。出発の5日前に飲んだ。気が付いたら一緒に行くことに なってた。気が変わらないうちにもうその翌日にはわしは2人分の格安エアチ ケットを入手していた。これは彼を後戻りさせなくすると言うよりもむしろ自 分自身の背中を押す事だった。旅の直前になると急激に旅に出たくなくなる。 面倒になってくる。一人で旅の準備などしてると段々鬱に陥る。そんな時。人 と会って話をすると。結局、早く旅に出たがっている自分に気づく。

当初予定していた装備としては。テント、寝袋、自炊道具、雨具、着替え、そ して通信機器としてPHSとポケットコンピュータ。だった。つまり衣食住をす べて持ち歩くつもりでいた。しかし、担いでみたらあまりにも重い。散々迷っ て着替え一組と通信機器と断熱シートと金と通帳だけにした。必要なものは旅 先で手にいれ不要なものは旅先で手放せばいいや。歩くということを主体に考 えれば靴にこそこだわるべきだったが、結局あったかそうな台湾や沖縄からス タートする事から、スポーツサンダルにしてしまった。


・(001)01/13/2002(新月)/品川・羽田→台北/
羽田の国際ターミナルのしょぼくれ具合と言ったら無い。本当にここから海外 へ飛び立つのか不思議ムード。しかし。今日のここまでまだ旅が他人事のよう に感じていたのが出国手続き等をしてやっと自分が行くんだぁ、って気になっ てきた。

それにしても眠い。さらに腹減った。エコノミーってこんなに狭かったんだっ け?人間も荷物扱いだな。
中華航空とは言っても機内食は中華ではなかった。ビールだけは台湾製のが飲 めた。

3時間ほどのフライトで夜の台湾にランディング。台北は暑いわけではなかっ た。入国審査は日本語だけで完了。空港から街の中心までバス。いままさに動 き出そうとするバスに乗るように急き立てられ一服するまもなく移動いどう。 1時間ほどオンボロバスに揺られると街。日本と違うのは右側通行だというこ とくらい、にしか感じなかった。夜だったし。あ、においはナニカ違うような 気がする。

さあて、宿を決めねば。人通りも少なくなった日曜の夜11時の静かな街をウロ ウロ。日本でなじみのコンビニが乱立。まずは2人で缶ビール(120円弱くら い)買って台湾入りにカンパイ!

やっと宿が決まり身軽になって再び街へ。作りかけ壊しっぱなしの建物がやた らに目に付く。屋台でメシ喰う。頼むのも一苦労。そして金を払った払わない で一悶着。

ビール買って帰ってシャワー浴びて寝る。長い一日だった。

旅の勘が戻るまでは時間も金もかかりそうだ。
今夜は1泊1780/2元(=¥3600)。ちなみにこちらでは何人泊まろうが一部屋 いくらでカウントされる。


・(002)01/14/2002/台北・淡水・基隆/
台北の見所というのもきっとたくさんあるのだろうけどあまり観光には興味が わかず、銀行で両替だけして列車に乗って移動。

淡水は川の町。流れる水のあるところが一番落ち着くことを再認識。
昼時の活気に満ちた市場をさまよい歩くとわくわくしてきた。道々で買い食い。 ここは観光地のようだがオフシーズンなのか閉まってる土産屋、飯屋も多いよ うだ。

散々歩き回りヘロヘロ。こんな大荷物じゃ今後も先が思いやられる。2、3時間 も歩き続けたしなぁ。疲れた。

ローカルバスで基隆(チーロン/キールン)に移動。2時間。海沿いを走るはし る。田舎風景に心和む。そしてウトウト。

基隆!大きな街だ。港町の持つムードなのか、なぜか妙に気に入ってしまった。 ああ、この街は好きになりそう。宿もいいとこが見つかった。日本語も大体通 じるし。

夜市でメシ。何をどこで喰おうか迷いに迷う。でも結構ウマイものにありつけ た。

同じ宿に泊まっている(仕事で来てる)日本人・O氏(北京語も達者)というお じさまから沖縄行きの船の情報を詳しく伺う。よかった助かった。そのほか台 湾の話もたっぷり聞かせてもらって有意義な時間。こりゃあ基隆に来てよかっ たぞ。

今夜の宿代1000/2元。


・(003)01/15/2002/基隆(金瓜石ほか散歩)/
宿の中で小さい部屋にチェンジ。これで充分じゅうぶん。650元だし。

朝は近くの食堂で粥。食後に散歩がてら駅を捜し歩く。

バスで金瓜石。かつて日本統治時代は金鉱で栄えてたらしい。海を見下ろす見 晴らしもよく気持ちいい。近くに観光地(映画のロケ地にもなった?)がある らしいので山道を歩くあるく。身軽でよかった。それでも疲れたが。土産物屋 がずらーっと軒を連ねている。これで温泉でも出るなら熱海かどっかのようだ。

バスで基隆に帰る。疲れたので部屋でヒルネ。気づくともうすっかり夜で。
山中さんは晩飯に出てしまった。しかたなく一人でメシ喰いに出る。

TVで3本も映画を見て過ごす夜。


・(004)01/16/2002/基隆/
昼まで寝てる。日本にいるときからの疲れがたまったようだ。山中さんは活発 に動き回ってるようだ。

延泊料金払って近くの丘の上にある中正公園で過ごす。ボケボケ。やっと日記 を書き始める。丘の上にはデカイ観音様が居て街を見下ろしている。わしは丘 の上でヒルネ。


・(005)01/17/2002/基隆/
また昼まで寝てる。置手紙があり山中さんは台北へ。一人になった。さて今日 はどうしたものか?雨が降っているが部屋の掃除をしてもらうために外をぶら つく。雨に濡れながら見知らぬ道を当てもなく歩きつづける。しょぼくれたド ブネズミの気分で寂しくなるな。どこで何を喰おうか。結局コンビニで弁当買 って部屋で喰ってNHK-BS見ながら部屋で寝て過ごす。


・(006)01/18/2002/基隆/
O氏のお誘いで街を案内してもらう。電車バスを乗り継いで松山というところ に最近出来たアジア最大のデパート見学。O氏のなじみの床屋でわしも髪を切 ってもらうことに。さっぱりしたぁ。頭のマッサージがまた気持ちいい!
その後、O氏の知人家族と一緒に食事。その人のお宅のパソコンが調子悪いと 言うのでわしがちょっといじってみたりする。マウス交換で復活。ここのお宅 では伝書鳩をたくさん飼っており台湾の大会でも優勝するほどだと言う。

あちこち“観光旅行”では見て歩き体験できないことを今日はたくさん出来た。 O氏と出会えて面白い話もたくさん聞かせてもらえた。台湾と沖縄の物流をも っと結び付けられたら本当に面白そうだ。


・(007)01/19/2002/基隆/
今朝はO氏のモーニングコール?で起き、台湾の秋葉原(電脳街)ともいうべ きところを見て回り、渋谷的な若者の街、浅草的な下町、と見て回った。今日 から学校は冬休みということもあるのか街はものすごい人であふれ、人ごみに 疲れた。

烏龍茶の本物は日本の緑茶のような色合いで香りが格段にいい。日本で出回っ ているウーロン茶はただのほうじ茶でしかなくだまされていたのだった。


・(008)01/20/2002/基隆/
O氏と市場の食堂で朝飯。満腹。闇市的な裏市場も見て歩く。雨が降っている ので昼からは宿でボケボケ。晩飯は再びO氏のおすすめの店でウマイ海老チャ ーハンと牡蠣のスープとレバー炒め。うめぇー!


・(009)01/21/2002/基隆/
昼まで寝てる。弁当買って丘の上の公園へ。猫にもお裾分け。寒いので宿に帰 る。

NHKで相撲を見てたら山中さんが再び基隆に戻ってきた。二人で相撲見ながらこ こ数日のことを話す。

近くのウマイ飯屋に山中さんを誘いお供にビールで大満足。


・(010)01/22/2002/基隆→(那覇)/
O氏の案内で近くの和平島をぶらつく。たくさんの流木が転がってる。これは すごい。拾っていったらすごい金になるのだろうなぁ。まさに金のなる木。

今日、台湾を発つと言っても夜だからまだまだ時間はたっぷりある。船中で喰 う物を調達したり。3人で時間潰す。港でO氏、山中さんと手を振って別れる。 いろいろありがとうございました。おかげで愉しかった。

船は豪華だが、客は20人もいない。乗組員25名くらいなのに。船員は全員日本 人だが日本人客は4人しかいない。こんな船旅を選ぶくらいだから変わり者、い や面白い人たちだ。

21:30頃気づいたら既に動き出していた。のんびり用意しておいた弁当を喰いな がら台湾の灯りを眺める。船内のビールは免税でオリオンビールは1缶¥150だ。

広い船内やデッキを歩き回っても11時も回ると誰にも会わない。なんだか独り 占めな気分。と言いつつ星も見えない空、真っ暗な海には飽きる。デッキでし ばらくうたってると雨が降ってきた。船内に戻って酒と煙と日記。
明日には日本・沖縄。


・・・(つづく)[02.02.03] 海月
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