それはある日の午後だった。
いつものようにアイオロスが誤字脱字をし、
いつものようにシオンがキレ、
いつものようにシャカが念仏を唱えはじめたときだった。
くしゅん
控えめなくしゃみが教皇庁で起こったのは。
「サササササササササガ!!!!!」
「なんだアイオロス」
「おおおおおおお前・・・!!!」
「次期教皇たるものが吃音が直らぬようでは情けないぞアイオロス」
「今!」
「今?」
「くしゃみ!!!」
「・・・・くらいするだろう」
「いかんな・・・」
「シオン様・・・」
聖闘士というものは、コスモを常に体の中で燃焼させている。
黄金聖闘士のコスモともなれば、並大抵の病原体やらなにやらはすぐに消滅させてしまう。
しかし、そんな聖闘士をあざ笑うかのように最近発見された風邪菌が存在した!!
「聖闘士風邪かもしれん・・・」
「聖闘士風邪?」
サガとシャカが声を揃えた。
「そんなたかがくしゃみくらいで大げさな・・・」
「サガよ、今の体温はどのくらいだ?」
「体温?」
「俺が計る」
と、アイオロスがサガに歩みより、額に手をあてる。
「・・・・お前・・・これはマズイぞ」
「え?」
「シャカ、お前も触ってみろ」
「・・・・・これは・・・」
「聖闘士風邪だな」
「シオン様・・・」
「聖闘士風邪だ」
「はあ・・・」
「アイオロスよ、直ちにサガを帰せ。カノンに面倒を見させる」
「カノンは現在海界へ戻っておりますが」
聖戦後、ジュリアンのいなくなった海界を取り仕切るのはカノンである。
謀ろうとしたのは事実だが、しかし人材不足というのも事実である。
カノンは実際優れた能力を持っていたので、最近は海界復興のため海に籠もりがちになっていた。
「ならば今日仕事のない者は・・・」
「シオン様、意地でも私に面倒見させぬおつもりですね」
「シオン様、私ならば大丈夫です。ただの風邪でしたら何の差し障りも・・・」
サガは過去への後ろめたさから、与えられた仕事は全てそつなくこなしていた。
執務を休むことも、遅れることもなくやってきたのだ。
くしゃみのひとつでここまでされるのは申し訳ない思いがした。
「それがただの風邪ではないのだ、サガ」
「と、いいますと?」
「この風邪をひくと、コスモが全く使えなくなる」
「まさか」
「ならばサガよ、ギャラクシアンエクスプロージョンを撃ってみよ」
こんなところで、と思ったが、おとなしく小宇宙を集中させる・・・が、
「できない・・・?」
「お前も覚えてはいないか。まだ幼いアイオリアもこれにかかったことがある」
「アイオリアが・・?」
「覚えてはおらぬか?サガ。私がサガのもとで空間移動を学んでいるときだ。
アイオリアがテレパスが使えぬとおお泣きしてやってきたのだ」
「・・・ああ、覚えている。そうだ。その時シャカは大層泣きつかれて袈裟が汚れたと怒ったんだ」
「その聖闘士風邪はひくとやっかいだ。早々に双児宮に戻り、コスモが復活するまで休め」
「・・・でしたらせめて宮でできる仕事を」
「サガよ、この風邪は他人にはうつらぬが体力を日々削っていく。日の流れるに任せるしか治す術はない。
今はまだ何事もなくともそのうちに立つにも寝るにもつらい状態になるだろう。大事をとり、今はゆっくりと休め」
「シオン様・・・」
ここまで教皇たるシオンに言われては、とサガは後ろ髪引かれる想いで退室した。
風邪だと分かったからか心なしか体もだるくなってくる。
「聖闘士風邪・・・コスモが使えなくなるなど・・・」
小宇宙を高めることができてこその黄金聖闘士。それすらできないサガは今は一般人そのもの。
このままではアテナをお守りすることもできない、と情けなく思いながらも双児宮に戻った。
自宮に戻り熱を測ってみると、本当に平熱よりは大分高い熱がでていた。
浴室で軽く汗を流し、ベッドに横たわると、激しい倦怠感に襲われた。
気をつめていたのだろうか・・・ゆっくりすると急にだるくなってきたな。
まだ日は高い。3人分の仕事をアイオロスとシャカにおしつけてしまったことに申し訳なく思いながら、
サガはおそいくる倦怠感にのまれそのまま目を瞑った。
ぱしゃ。
水のはねる音がする。
・・・熱は先ほどより上がっているようだ。
「サガ?サガ・・大丈夫か?」
「アイオロス・・・?」
目を開けベッドの脇に目をやると、アイオロスが桶にためた水にタオルを浸していた。
「今カミュに氷を作ってもらった。直接あてては寒いだろうから、氷水にタオルを浸したぞ」
「・・・仕事は」
「滞りなく終わった。シャカが珍しくやる気を出してくれてな」
「シャカはやらぬだけだ。やれぬわけではないからな」
少し笑顔になって言う。しかしその声は風邪のためか少しかすれていた。
「それよりお前は大丈夫か。先ほどより顔が赤くなっているようだ」
「少し・・熱があがったかもしれん」
氷水に浸したタオルを絞り、サガの額にのせる。
ひやりとした感覚に一瞬肩をこわばらせる。
「・・・冷たすぎるか?」
「いや・・・気持ちいい。カミュに礼を言っておいてくれ」
「そう言うだろうとお前にかわって先に礼を言っておいた。”礼には及びません”と言っていたぞ」
「カミュらしい・・・」
「ああ。何か食べるか?少し起き上がれるようならば・・」
「大丈夫だ」
と、体を起こそうとして、サガはほとんど力が入らない状態に気付いた。
それでもなんとか上半身だけ起こすが、ふらふらと頼りない。
それに気付いたアイオロスが肩に手をかけ寝るように促すと、
サガはほとんど沈むようにベッドに再び横になった。
「すまない・・・まさかここまで力が入らぬとは・・・」
「コスモで守られていない分余計に体力が削られるんだ。無理はするな」
「すまない」
「お前は少し謝りすぎだ。俺なら気にするな。好きでやっているんだからな」
今飲み物を取ってこよう、とアイオロスは寝室を出た。
・・・これは、思いのほかマズイな。
アイオロスはバタンと寝室のドアを閉め、そのドアに凭れ掛かった。
いつものような毅然とした態度ではない、弱弱しい姿。
風邪のつらさからか吐く息も熱っぽい。うっすら汗をかき、顔を赤らめる姿に
アイオロスは上辺はよく面倒を見る彼氏くらいに取り繕っていたが、
内面かなりギリギリの攻防を繰り広げていた。
(しかし相手は病人。コスモも使えぬ。抵抗もできず弱っている相手にどうこうなど男のすることでは・・)
と思いつつも、弱りきったサガにアイオロスの劣情は誘われるばかりであった。
(いかんいかん!とにかく今はサガを休ませなければ!)
いそいそと水を注ぎに台所へ向かった。
その頃、海界ではカノンが、双子の兄の異変に気付いていた。
(おかしい・・・サガのコスモが感じられない)
双子というものは他人より一層強く相手の小宇宙を感じ取ることができるらしく、
カノンは先ほどから全く感知できない兄の小宇宙に不安を抱いていた。
(まさか聖域で何か・・・?いや、だがそんな情報は入っていない)
感知できなくなるまではいつもと変わらず、何の異変も伝わってはこなかったのが、突然パタリと消えた。
聖域が突然消えてなくなるのでなければそう易々とサガの小宇宙が消滅することはないだろう。
(何かあったのか?)
しっかりした兄ではあるが何が起こるか分からない兄でもある。
カノンは一抹の不安を覚え、ソレントに今日の執務を預け聖域に戻ることにした。