『誕生日おめでとう、アイオロス』
ああ、サガ、そんなところにいたのか・・・。
『渡せるものがなくて・・・』
気にしないでくれ。お前がそこにいるだけで、嬉しいんだから———
『これ・・・』
『え・・・でもこれ、サガが大事にしてたやつだろ・・・・?』
『気に入らなかったら受け取ってもらわなくていいんだ・・・』
『そうじゃない。でも、サガは・・・いいのか?』
『お前が・・・・持っていてくれるなら・・・』
あの美しい、青い石のペンダントはどこに行ってしまったのだろうか。
そう思って目を覚ますと、不思議なことにそのペンダントは手の中に収まっていた。
「教皇」
「・・・ああ、星矢か・・・・」
こっちへ来てくれ、と言うと、星矢はベッドのすぐ傍に控えた。
「どうかしたか」
「明日の教皇就任前に、挨拶を・・・」
「ははは、お前らしくないな」
「それと、お祝いの言葉を」
「祝い・・・?」
「今日は誕生日ですよ、教皇」
「そうか・・・そうだったな・・・」
アイオロスはため息をついた。
「おめでとう、アイオロス」
「ああ、ありがとう」
「何をあげようか迷ったんだけど・・・」
「ああ、いい。気にするな。お前の教皇就任が良い祝いになる」
「そう言ってくれるとも思ったんだけどさ、・・・代わりというわけじゃないけど、知らせたい事があるんだ」
「知らせたいこと・・・?」
「サガのことだ」
「・・・」
星矢は姿勢を正した。
「沙織さんから聞いたんだ。サガの亡骸が行方知れずだと。・・・実は、シュラとデスマスク、アフロディーテが
森に小さな墓をたてたんだ」
「シュラ達が・・・?」
星矢は頷いた。
「アイオロスが怪我をして、眠っている間に・・・教皇の様子がおかしいことに薄々感付いていたらしい。
他の黄金は皆まだ小さかったようだから・・・彼らが人目を避け、サガを葬った。
・・・その、何で教えなかったかっていうのは・・・・」
星矢が言いよどむと、アイオロスは苦笑した。
「恨まれているのだろう・・・サガはそれほどに、慕われていたのだから・・・・」
アイオロスは顔を伏せ、ほっと息をついた。
「そうか・・・彼らが・・・よかった・・・」
「アイオロス・・・」
「ありがとう、星矢。・・・それが聞けただけでも、十分だ。これで安心してお前に全て預けていける」
「引退後も面倒見てくれないと困るな。俺は何も知らない」
「いいんだ・・・それでいい。お前はお前の思う通りにやれ。古い格式になど、囚われる必要はない」
「でも・・・」
「星矢」
「・・・何か」
「明日は確か、お前の誕生日だったな。・・・おめでとう。一日早いが・・・教皇星矢よ、
お前の思う聖域を、作り上げるがよい」
星矢はしっかりと頷いた。
アイオロスは長く、ゆっくりと息を吐いた。
「・・・アイオロス?」
「・・・聖域を頼む・・・」
『アイオロス・・・』
サガ————俺の不甲斐なさを、お前は許してくれるだろうか———?
「アイオロス・・・!」
闇が降りてくる。
もとより見えぬ目ではあるが、それとは違う。
眠りに入るような穏やかさだ。
星矢————
お前はこれから、輝かしい聖域を築き上げてくれるだろう。
しがらみにも屈さず、人の欲や、嫉妬や、醜い感情にも負けずに。
どうか私のような過ちを繰り返さないでくれ。
悲しく暗い影を、取り払ってくれ。
お前に全てを託そう。
「アイオロス————!」
「そうですか・・・・アイオロスが・・・」
女神は窓の外の星々を見つめた。
「・・・辛かったでしょう・・・星矢・・・」
「アテナ・・・・」
女神は、そっと星矢の肩に触れた。
「アテナ・・・アイオロスの・・・墓を・・・」
「ええ、分かっています。・・・・後で私にも、案内してくれますか。
彼の大切な方にも・・・会わなければなりませんからね」
「はい・・・」
夜の星々が、月が、聖域を仄かに照らし出していた。
はるかふもとでは、明日の教皇就任を控え、町中が浮き足立っていたが、
十二宮は反対に静まり返っていた。
偉大なる聖闘士の死を悟った同志たちは、教皇宮を訪れ、彼を讃え、涙を流した。
夜半、星矢は一人森の中に在った。
小さな墓石の前で膝を折り、かつて想い続けた人にアイオロスの死を、そして自らの教皇就任を報告した。
「明日は・・・ここにアイオロスも来る。アイオロスも、サガに祝ってもらうのが一番だろうし」
星矢は墓石にそっと触れた。
————やっぱり適わないな・・・。
「また来ます。貴方達に叱られないよう、聖域は俺がしっかり守り抜く———」
星矢は立ち上がり、振り返ることなくその場をあとにした。
少し冷たい風が、さわさわと木の葉を揺らしていた。