第五話:光


くるり。そんな音が立ちそうな勢いで振り返ると、
いきなり、クレーバは走り出した。
それを見てもチャネルは動じず、懐から無線機を取り出す。
「作戦目標が逃げた。落ち着いて狙え」
雑音混じりの『了解』を聞き取ると、チャネルは無線機をしまい、移動した。


クレーバは走った。
伏兵の持っている武器は、ライフル。
狙撃は、弾丸が発射されてから狙撃点に到着するまで、時間がかかる。
つまり、動いている相手には、当てにくいと言うことだ。
(でも、逃げてたってどーにかなるモンでもねぇんだよな……)
狙撃は常に遠距離攻撃だ。
対してクレーバの武器は腕。つまり、近距離。
当たる当たらないは別として、あちらの攻撃は届くのに、こちらの攻撃は届かないのだ。
「あっちからノコノコ出てくるわけねぇし……こっちから出向くしかねーか」
ライフルの弾が届きにくい、建物の隙間のような場所にひとまず隠れると、クレーバはつぶやいた。
そして、ギアの左腕のみで逆立ちをする。
『片手逆立ち腕立て』とでも言ったらいいのだろうか。片腕で逆立ちをしたまま、その肘を曲げた。
「、っと!」
肘を、勢いよく伸ばす。すると、クレーバの体は、足でジャンプしたときと同じように、空中に跳んだ。
足を使うよりも、はるかに飛距離のある跳躍。
人間ではない腕を持つクレーバだからこそできる荒業だ。
あっという間に、狙撃兵の一人が自分を狙っていた場所、一つの古アパートの屋上に間で登りつめた。
「なっ!?」
その古アパートの屋上にいた一人の狙撃兵が驚愕する。
スキあり。
クレーバが、その狙撃兵に走り寄った。
「悪りぃな!」
勢いよく駆け抜け、すれ違いざま、クレーバは右の拳を繰り出した。
人間である右の拳が、狙撃兵の顔面に迫る。
「うわっ!」
顔面を、殴られる。
狙撃兵はそう思い、反射的に目をつむった。
が、予想されていたことは、起こらなかった。
「……?」
おそるおそる、狙撃兵が目を開くと。
クレーバの拳が視界いっぱいに大きくなっていた。
その拳の中に、狙撃兵はひとつの輝きを見つけた。
中指にはめてある、ひとつの指輪。
「目ぇ閉じてたほうがよかったのによ……」
さっきまでの走りの勢いはどこへやら、拳を突き出したまま、棒立ちしていたクレーバがぼやいた、次の瞬間。
空間が、白濁した。
狙撃兵が、目を灼く閃光を目に、すさまじい勢いの衝撃を全身に感じる。
「っ!」
体が吹っ飛ばされる。
少しだけ後ろに吹き飛んだ狙撃兵は、屋上の床においてあった大き目の石に足を引っ掛けて、後ろ向きに倒れ、頭を打ち、昏倒した。
「殴るだけが脳じゃねぇんだぜ?」
クレーバが使ったのは、ギアではない右腕の拳にはめられている指輪の能力。
体内にある、法力の属性の一つである「気」の力を蓄積し、循環し、増幅して、光と衝撃波に変換して打ち出す指輪。
『蹴宝』と言う名の、クレーバがある者から譲り受けた指輪だ。
「傷になんねぇんだから、ありがたく思えよ?」
後頭部を打ち付けたのは、まぁ、運が悪かったのだろう。
半殺しにされないだけでもありがたく思ってもらいたい。,br> そんなことを思ったとき。
パン!
また、どこからか弾丸が飛んできた。
「しつけぇんだよ……!」
そちらの方向に向き直りながら毒づく。
少なくともまだ5人ほどの狙撃兵が、こちらを狙っていた。





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