くるり。そんな音が立ちそうな勢いで振り返ると、 いきなり、クレーバは走り出した。 それを見てもチャネルは動じず、懐から無線機を取り出す。 「作戦目標が逃げた。落ち着いて狙え」 雑音混じりの『了解』を聞き取ると、チャネルは無線機をしまい、移動した。 クレーバは走った。 伏兵の持っている武器は、ライフル。 狙撃は、弾丸が発射されてから狙撃点に到着するまで、時間がかかる。 つまり、動いている相手には、当てにくいと言うことだ。 (でも、逃げてたってどーにかなるモンでもねぇんだよな……) 狙撃は常に遠距離攻撃だ。 対してクレーバの武器は腕。つまり、近距離。 当たる当たらないは別として、あちらの攻撃は届くのに、こちらの攻撃は届かないのだ。 「あっちからノコノコ出てくるわけねぇし……こっちから出向くしかねーか」 ライフルの弾が届きにくい、建物の隙間のような場所にひとまず隠れると、クレーバはつぶやいた。 そして、ギアの左腕のみで逆立ちをする。 『片手逆立ち腕立て』とでも言ったらいいのだろうか。片腕で逆立ちをしたまま、その肘を曲げた。 「、っと!」 肘を、勢いよく伸ばす。すると、クレーバの体は、足でジャンプしたときと同じように、空中に跳んだ。 足を使うよりも、はるかに飛距離のある跳躍。 人間ではない腕を持つクレーバだからこそできる荒業だ。 あっという間に、狙撃兵の一人が自分を狙っていた場所、一つの古アパートの屋上に間で登りつめた。 「なっ!?」 その古アパートの屋上にいた一人の狙撃兵が驚愕する。 スキあり。 クレーバが、その狙撃兵に走り寄った。 「悪りぃな!」 勢いよく駆け抜け、すれ違いざま、クレーバは右の拳を繰り出した。 人間である右の拳が、狙撃兵の顔面に迫る。 「うわっ!」 顔面を、殴られる。 狙撃兵はそう思い、反射的に目をつむった。 が、予想されていたことは、起こらなかった。 「……?」 おそるおそる、狙撃兵が目を開くと。 クレーバの拳が視界いっぱいに大きくなっていた。 その拳の中に、狙撃兵はひとつの輝きを見つけた。 中指にはめてある、ひとつの指輪。 「目ぇ閉じてたほうがよかったのによ……」 さっきまでの走りの勢いはどこへやら、拳を突き出したまま、棒立ちしていたクレーバがぼやいた、次の瞬間。 空間が、白濁した。 狙撃兵が、目を灼く閃光を目に、すさまじい勢いの衝撃を全身に感じる。 「っ!」 体が吹っ飛ばされる。 少しだけ後ろに吹き飛んだ狙撃兵は、屋上の床においてあった大き目の石に足を引っ掛けて、後ろ向きに倒れ、頭を打ち、昏倒した。 「殴るだけが脳じゃねぇんだぜ?」 クレーバが使ったのは、ギアではない右腕の拳にはめられている指輪の能力。 体内にある、法力の属性の一つである「気」の力を蓄積し、循環し、増幅して、光と衝撃波に変換して打ち出す指輪。 『蹴宝』と言う名の、クレーバがある者から譲り受けた指輪だ。 「傷になんねぇんだから、ありがたく思えよ?」 後頭部を打ち付けたのは、まぁ、運が悪かったのだろう。 半殺しにされないだけでもありがたく思ってもらいたい。,br> そんなことを思ったとき。 パン! また、どこからか弾丸が飛んできた。 「しつけぇんだよ……!」 そちらの方向に向き直りながら毒づく。 少なくともまだ5人ほどの狙撃兵が、こちらを狙っていた。 |