鎧のあちこちに亀裂を刻まれたジャスティスが、自分に向かって駆けて来るクリフに向かって吼えた。
「KYOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!」
 再び両手の五指を黒剣に変えると、まっすぐに突き出す。
 黒剣はずぶり、とクリフの腹に埋もれた。その黒剣を溢れ出した血が伝い落ちる。
「つかまえたぜ……くらいなぁっ!!」
 吼えたのはクリフ。
 牙を剥き出しにして、銀の鬣を逆立てながらジャスティスの頭部を鷲づかみにする。
 その手から、ありったけの根こそぎの全開の『気』の法力が、洪水のように解き放たれた。
 頭に染み渡ったのは、とびきりの苦痛と衝撃。
「――ぐおおおおおおおおおおおおおおおおおっっ!??」
 ジャスティスが哭いた。赤い鬣のついた兜に盛大な亀裂が走り、隙間から血液のような雫がこぼれ出す。
 だが、GEARの王としての誇りか、はたまた純粋な殺意と憎悪故か、突き刺さっている黒剣に籠められた力が増す。おかげで、鍛え上げられたクリフの腹筋がぶちぶちと千切られ、惜しみなく赤い水が下半身を濡らす。
「おおおああああああああああああ」
 既にどちらの叫び声かわからない叫びが、戦場に木霊する。見れば、後方から近づいていたはずのGEARの群れの動きが、緩慢になってきている。ジャスティス<司令塔>の指示が途切れたのだろうか。
「ああああああああああああああああああああああ」
 クリフの攻撃は止まらない。ジャスティスの黒剣が、効いていないはずはないのだから、やせ我慢か、やけっぱちなのだろう。
 むしろ、分が悪いのはジャスティスの方だ。急所である頭部に、法力をダイレクトに放たれているのだから。黒剣が胸を貫いていたのならば、勝負はついていただろうが、現実はそうではない。このままでは、GEARの王の敗北。強いては、人類側の勝利。
「人間……ごときがァァァッッ!!」
 半狂乱になりつつも、生体兵器の判断は一番、合理的なものを選択した。
 黒剣を勢いよく引き抜くと、クリフの両腕を掴み、骨を叩き折る。ぐっ…と僅かに呻く声が聞こえたが、クリフの手はジャスティスの頭から離れない。
「KYOOOOOOOOOO!!」
 尻尾が、クリフの身体を横から強かに打ち据える。肋骨が数本、オシャカになった音を尻尾越しに聞き取れた。たまらず、クリフは吹き飛ばされた。
 力なく立ち上がろうとしているクリフを憎悪と殺意に塗り固められた双眸で睨みつけながら、ジャスティスは冷静に現状を把握した。
 頭部に致命的なダメージ。そのおかげで、他のGEARへの指示と命令に多大な障害が発生。更に、使用時の負荷が今の身体では耐え切れない為、レイなどの法力波の使用が極端に制限されている。復旧の見込みはあるが、回復には長時間を要する。
 生体兵器としての判断が、戦闘続行よりも一時撤退を命じてきている。迷うのは一瞬。
 ジャスティスは、くるりと踵を返すとぐらつく身体を安定させながら、飛行を開始した。その白い背中越しに、赤い目がクリフの目とぶつかる。
「次に会い見えた時こそ、貴様との最後の邂逅だ。この痛みと屈辱……忘れんぞ、人間」
 それだけ吐き捨てるとGEARの王は、すっかり暗くなった空へと飛び立っていった。
「くそ、待ちやがれ!」
 聖騎士の数人が、逃がしてたまるか、と言わんばかりに前へ出る。が、満身創痍のクリフがそれを押し留めた。
「今、追撃したら、奴は、それこそ死に物狂いで反撃に出る。今回は、痛み分けってとこだが、死者はゼロで、負傷者は俺だけだ。この編隊でこれだけの被害で済んだんだからな、上出来だ」
 そう言い切ると、クリフは力なく倒れこんだ。その彼の元に、仲間たちが声をあげて次々と駆け寄る。薄れゆく意識の中で、クリフは自身の不甲斐なさに歯噛みした。
「(ちきしょう…あと、ほんの少し、俺が強ければ……ジャスティスを倒せたってのにな……)」
 耳元で自分を呼ぶ声や怒号が聞こえたが、今は猛烈な眠気に逆らえず、クリフは無視して、しばしの眠りに身を委ねた。


 それから、数十年間。
 クリフが齢80を超えるその時まで、クリフとジャスティスは何度となく戦場で顔をあわせ、戦った。
 それは、ある一種の縁だったのかもしれない…と年老いたクリフは、独り思う。お互い、殺し合いまでした仲だが、最後の最後には、憎悪や敵意といったものは、互いの間にはなかった。
 では、最後の最後にあった、その感情の正体とは何だ?  それは、きっと当人たちにしかわかり得ないものなのだろう、と思う。


 END


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