夜の街の景色が、吸い込まれるように後ろに流れていく。タクシーはグングンとそのスピードを上げていった。テールランプを幾つも追い越し、昌行はさらに加速していく。
 やがて、昌行は見慣れた光景に出くわした。いつもタクシーを走らせている大通りだ。この道を行けば、先ほどの客が指名した公民館がある。

 

 それにしても不気味な客だった。

 昌行は男の顔を思い出そうとして、わずかに身体を震わせる。さっきまでの強烈な耳鳴りは、嘘のように治まっていた。

 

 

 ぶぉん・・・

 タクシーのエンジンが心地よく響く。ハンドルを握る手から徐々に余分な力は抜けていき、乱れた呼吸も整っていった。

 今日は少し損をしてしまったけれど、あんな不気味な客を乗せておくわけにはいかないだろう。

 そう思いながらも、少し後ろめたい気持ちに襲われる。やはりどんな客だとしても、途中で置いてきてしまったのはまずかったのではないか―――。昌行はそう思いながら、ふとスピードメーターに視線を移した。そこには先ほど見た赤黒い液体など、まったく見当たらない。多分耳鳴りや激しい動悸に襲われた際に見た幻だったのだろう。昌行は深いため息を漏らすと、視線を真っ直ぐ元に戻した。

 

 

 どこまでも連なっている車のテールランプを見つめていると、一瞬だけすべての感覚が切り離されたような錯覚に陥ることがある。今そこに自分が『いる』ということさえ現実のことなのかわからなくなるほど、不思議な浮遊感に襲われる。ハンドルを握ったまま、後ろに流れていく夜の景色をただ眺めているだけで、そのままどこか遠い世界へと連れていかれそうな―――そんな幻想が―――。

 

 緩やかな下り坂を走る昌行の太腿に、生温かい何かが滴った。

「・・・えっ?」

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