ドクン。

 鼓動がやけに大きく響いた。脳裏には遠退いていく救急車のサイレンと、交差点に停車していた消防車やパトカーの姿が浮かぶ。

 (さっきの事故か?!)

昌行は再び激しい耳鳴りに襲われ、声にならない悲鳴を上げつつ身体を反らせた。

 『・・の事故により、乗っていた・・・・・・は、胸や頭を強く打つなどしてまもなく死亡しました・・・』

 かろうじて耳に届いた切れ切れの言葉に、昌行は顔をしかめた。背もたれに寄りかかったまま、ドクン、ドクンとうるさいほどに響く心音を感じながら、わずかに目線をサイドミラーに移す。だが―――

「?!」

 そこに、あの客の姿は見えなかった。ミラーには、ただ電話ボックスがポツンと映っているだけだった。
 昌行は思わずハンドルを握り締め、前方に身を乗り出しミラーを覗き込んだ。この短い間に、客が出てきた気配はなかったはずである。ねっとりと嫌な汗がこめかみを伝った。
「そんな・・・そんなバカな・・・!」

 

 ぴちょっ・・

 

 慌ててドアに手をかけた昌行を引き止めるかのように、小さな音が車内に響いた。昌行の視線は、ゆっくりとその音の先に向けられる。

「!!」

 スピードメーターの上には、ポツンと赤黒い液体が落ちている。鼻先に微かな鉄錆臭が漂った。

 

 ―――血だ。

 

 ハッと顔を上げ振り向いた運転席側の窓には、消えたはずの客が中を覗き込むようにして立っていた。その手に握られていた携帯電話を見た昌行は、瞬時に顔を凍り付かせる。

 無残に割れた液晶画面と、ありえない方向に曲がったアンテナ。一目見て、それが普通でないことはわかった。

「・・・!・・・!」

 壊れた携帯電話を持ったままの客は、車内の昌行に向かって何か言っている。だが、それはまるでノイズの走ったテレビ画面を見ているかのようで、顔を見ることも声を聞くことも出来なかった。再び容赦のない耳鳴りが襲った。

 次の瞬間、昌行は勢い良くアクセルを踏み出していた。客の目の前で急発進したタクシーは、大きな音を響かせながらもと来た道を走り出した。

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