そう言って男が指差したのは、狭い十字路にポツンと姿を現した電話ボックスであった。突然の申し出に、タクシーはほんの少し電話ボックスを過ぎた所で乾いたブレーキ音を立てた。
 男はそのまま気だるそうな様子で車から降りると、電話ボックスの中へと吸い込まれていった。荷物は全部抱えたままである。もしかしてこのまま乗り逃げされるのではないか。昌行はその不安を頭から拭えない一方で、一刻も早くこの場から立ち去りたい気持ちにも襲われていた。目の前には街灯の少ない暗がりの道が伸びているだけである。

 その瞬間。

 突然眉間にズキンと強烈な痛みが走った。思わず昌行は顔をしかめ、白手袋をはめた手でその半分を覆う。
「痛ぇ・・・!」
続いてキーンという耳鳴りが聞こえ、ハンドルを握るもう片方の手がわずかに震え出した。
 その時、頭を襲う痛みとは裏腹に、昌行の思考はやけに冷静な判断を下していた。

 (客はおそらくサラリーマンだ。なのになぜ、電話ボックスに用がある?携帯電話くらい、今や当たり前に持っているだろうに・・・)

 辺りは閑静な住宅街である。もしかしたら携帯電話をかけるほどの電波が届いていないのかもしれない。だが、乗っていた男には、それを確認する素振りも見受けられなかった。そして昌行はあることに気付いてハッとなった。

 そういえば、男は初めから左手の書類と一緒に携帯電話を握り締めていたではないか・・・!

 ガガ・・・ッ・・・

 突然ラジオから音が漏れ、昌行はハッと顔を上げた。

 (無線・・・!?)

 まだ痛みの残る眉間を押さえながら、ゆっくりと顔を動かす。ボリュームを合わせようと伸ばした腕が、次の瞬間ピクリと止まった。

 『・・・今日午後9時・・ぎ・・交差点で・・・と衝突する事故が・・ました・・・』

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