どこまでも連なっている車のテールランプを見つめていると、一瞬だけすべての感覚が切り離されたような錯覚に陥ることがある。今そこに自分が『いる』ということさえ現実のことなのかわからなくなるほど、不思議な浮遊感に襲われる。ハンドルを握ったまま、後ろに流れていく夜の景色をただ眺めているだけで、そのままどこか遠い世界へと連れていかれそうな―――そんな幻想が―――。


 「!!」

 不意に背後から聞こえてきた救急車のサイレンに、タクシードライバー、坂本昌行はハッと我に返った。前を行く車が続々と道端に避けていくのを確認し、慌てて自分もスピードを緩めてそれに従う。救急車は激しく赤色灯を回しながら通りすぎていった。

 (事故か・・・?)

 遠退いていくサイレンを聞きながら、昌行はバックミラーを覗き込む。つい今しがた通り過ぎてきたばかりの交差点の向こうには、数台の消防車とパトカーの姿が見てとれる。どうやらそこで事故があったらしい。
「なんだよ、またあそこか」
昌行はミラーの奥に小さく映った景色を見つめながら、わずかに眉をひそめてため息を漏らした。

 知り合いのコネで就職した先があっという間に倒産し、一か八かで飛びこんだタクシー会社は思いのほか相性が良かった。元々車の運転が好きだったこともあり、最近の昌行にはそれが天職のようにすら感じられていたのだ。

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