「あれー?ミキ、まだ帰らないの?」
 ビルの一角にあるロッカールームで、髪留めでくくってあった赤茶色の髪をバサリとほどいた若い女性が振り返った。
「うん、ちょっとね・・・お疲れ様」
ミキと呼ばれた黒髪の女性が、片隅に置いてある長椅子に腰掛けたまま、はにかんだような笑みを浮かべてそれに応える。
「・・・あー、もしかして誰か待ってるの?」
時計を気にしていた彼女の行動に気付き、ニヤリと赤茶色の髪の女性が笑う。
「わかった!待ち合わせしてんだ?!彼氏でしょ!」
「ち、違うよぉ・・・っ」
ミキはそれを否定し、瞬時に顔を赤らめた。
「あー!やっぱりそうだ!ミキってすぐ顔に出るもん。ね、誰?どこの人?さっきの背の高い人?」
早口にまくしたてる女性に押されながらも、ミキは慌てて首を振った。
「ちがっ・・・!ここに来てる人じゃないのよ!それに・・・それにまだ彼氏だなんて、そんなふうじゃ―――」
語尾が弱々しくなっていくのと裏腹に、顔はますます上気していく。問い詰めた女友達の目は、にんまりと三日月型に婉曲し、ミキの必死な言い訳が続いた。
「どっちかっていうと、彼氏っていうか・・・その、お友達、みたいな・・・」
「ふ〜ん、お友達ねぇ」
「・・・っ!そ、そのっ・・・だってまだちゃんとデートとかしたわけじゃないしっ・・・、付き合ってるって感じじゃないし・・・」
「またまたぁ〜照れちゃってぇ」
こうなると何を言っても無駄である。言い訳をすればするほど白々しさが漂ってくるとでも言わんばかりに、女友達はオーバーな身振りをしながらくるりと背を向けた。
「まあ、この辺も結構物騒だからね〜。ミキみたいな子なんて、ひとりで歩いてたら悪いヤツに襲われちゃうかもしれないし?ま、男に迎えに来てもらうのが一番安心かもね〜」
素早く帰り支度を整えながら話す姿に、ミキは小さく口を開いた。
「・・・そうなの、なんか最近、変な人がいるみたいで」
「えっ?」
「うん・・・なんか、ツケられてるっていうか・・・誰かにずっと見られてるっていうか―――なんか気持ち悪くて」
「マジ?!」
女友達の上擦った声が上がる。
「それ、彼氏に言ったの?」
ミキは首を横に振る。
「まだ言ってない。今日、話そうと思ってる」
「そ、そっか・・・。でも彼氏ってどんな人?!頼りになるの?」
急に不安げな顔付きでミキに詰め寄る。ミキは静かに頷いて応えた。
「うん、大丈夫。背が高くて、すっごく優しくて・・・なんか私のこと守ってくれるお兄ちゃんみたいな人なの」
ミキの言葉に女友達は「うんうん」と頷く。
「そう。と、とにかく迎えに来てくれるって言うんだから大丈夫よね。ちゃんと守ってもらうんだよ?!」
ミキは黙って頷き、小さく笑った。そして赤くなった頬を両手で覆うと、大きなため息を漏らし椅子に深く座り直した。女友達はその様子を見てわずかに吹き出しながら口を開く。
「でも驚いたぁ!いつのまに彼氏なんて作ってたのよ〜。ミキって結構奥手じゃない?あーあ、先越されちゃったなぁ。あたしなんて彼氏いない歴もう半年だって言うのに!」
そう言って唇を尖らせ振り向くと、瞬時に満面の笑みを浮かべた。
「ねぇ、その彼氏、もちろんあたしにも紹介してくれるわよね?!」

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