リンゴの入った紙袋と小さな薔薇のブーケを抱えながら、僕は彼女が講習を受けている場所へと向かう。
 彼女は、駅から歩いて12分、車通りの多い大通りに面したビルの6階―――そこで開かれている、超人気のお菓子作り教室に参加している。彼女が受講するのは夕方のコースで、すべての講義が終了する頃には、もうとっくに日が暮れているのだ。大通りに面しているビルとはいえ、そこから一歩裏に入った駅に向かう小道は、外灯も少なく女性ひとりで歩くには危険も多いだろう。

 僕は、もうとっくにシャッターを下ろした郵便局の前を通り過ぎる。ちょうどここまでで、駅前ロータリーから連なっていた商店街は終わりを告げた。
 あ、そうそう、手紙を出すんだったっけ・・・。
 出かけついでに持ってきていた手紙をポストに入れると、僕は再び歩き出した。すでに日は落ちて、町は薄暗い闇に覆われていた。にぎやかな商店街が終わると、家路に急ぐ何人かの人を残し、辺りは急に静かな雰囲気に変わる。その中を、僕だけは足取りも軽やかに、彼女の元へと向かって歩いていた。片手に抱えた紙袋が、ステップに合わせてがさがさと音を立てる。もう片方の手にあるブーケも、風を受けながら静かに揺れていた。

 その時。

 ふと、黒い影のようなものが僕の視界に映り込んだ。
 なんだろう?

 ああ、ライダースーツを着た人か。
 黒いライダースーツを着た男の人が、角のコンビニから出てきたところだった。ちょうど店を出てきたところでフルフェイスのヘルメットを被ってしまったので、顔は一切見えなかったが。

 僕はすぐに視線を元に戻して歩き続けた。さあ、あと少しで彼女の元に到着だ!

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