紙切れ。

まえがき  原型  成型

- 010
潮風になびくクチクラ質の孤独から、二藍に染まる自由は空の羽へと繋がる。純度の上がる赭土の熱と汗に家畜の遠音が匂いたち、舞舞の触覚は色気を帯びる。梢の隙間で蜘蛛の巣は芸術を語りながら命の蜜をからめとり、鳥の勇敢な羽根が光に同化する。朽ちた屋根からがじゅまるの樹へ口笛が飛ぶと、日々の灰色は朝靄に酔ってうたたねしたくなる。


- 009
夏の大気が、私の歩みよりもはやく呼吸をはじめるとき、ガーネットの蔓は冷たい風を絡めとり、割れた土瀝青や柵、人人を、メモリに堆積した瓦礫と一緒に溶かしていく。あたりは一面の影模様。光は砕け、アルビノの町は空へ下降する。青白いシャワーに打たれて逃げるように窓を開けたなら、新しい風に出会えることを知っているから、大丈夫、怖くない。


- 008
夜の踵から雨雲が感染して、その冷たい音は枯れた耳朶に吸い付いてくる。ひとつ、ふたつ、藍色の鋼の中で弾けだす、それは花雨のようで。あまりにも心地がいいから、今日はもう歌わずに、体内のノイズのような、やさしくてかなしい君の話を聞いていよう。

- 007
枯れた祈りのように心臓を置き去りにして、世界の映らない眼で見つめてる。波を忘れた海も色を落とした空も、呼吸をやめた緑さえも新しい世界を覚えはじめて、僕の背骨もまた、岬の先で灯台になりたがる。願いはいつも巡っているね。この肺に降り積もるタールのように、銀河のように、ときどき詩人の眼に触れながら、どろどろと光を放つね。


- 006
部屋が熱くなりだすと、寒い間に愛せなかった色彩が顔をだした。僕は冬の好きな人に会いたくなってしまった言葉の手を引いて、手紙と仲直りする機会を伺う。太陽は一段とみんなの右と左を引き離そうとしたり、空に抱かれた子供たちの声は風を独り占めしたりする。眼差しが空を飛んで鳥と出会うと、世界に羽根が生えて僕から遠ざかるものだから、僕は孵化したくて仕方がなかった。


- 005
心を奪っていった指が歪んだ声を切りそろえるまで、街が騒がしいまま、花や風が恋しいまま。まるで孤独な星みたいに引力の誓いで微笑み返す、錯覚のように。野良猫に愛された月と、夜と混ざり合って。


- 004
滑稽と言い捨てられるほど、愛しくはないよ。ただ痩せるだけの臓を抱いている。頭の中ではくり返しくり返し、羽を失くした虫たちが不完全な棺を組みなおす。青ざめた夢へ、何度も何度も落ち込みたくて、腐葉土になったカーテンから冷えた養分を引き受けていく。


- 003
岸辺に打ちよせる星屑が、孤独な崖に母性をあたえるよう。海のミルクを飲み干しながら開こうとする、イルカの夢に追いつくための僕の脚。嘲笑の煙る森では、思い出せないだけの泳ぎ方を想って嘘の息継ぎを練習する。治りかけた素顔のまま、頬の裏側に海の子を宿す。神様は泡から生まれたなんてすこしも信じていないけど、いつか泡に還るのだろう。


- 002
清潔な血液の夕陽にただよう、焼きついた横顔。さよならの結び目みたいに無口なまま雲を掠めとって、ひたすら夕陽に沈み込んだ。夜が熱を放つ頃、無重力の笑顔はひかりながら正直に酸化していく。窒息させたなら何も知らずに透明になるのに、僕の涙は濁って海の澱み。帰り道ぐらいは隣にいさせてくれないか。


- 001
若いままの星を啄ばむ鳥たちは、古ぼけた夜に沈殿し、青い塵を吸い込んだ病床に伏せる街々の悪い夢を、静かに撫ぜるのに。私はここで黒光りする穴を掘り、葉末からたれるすこしばかりの蜜を舐め、ぬかるむ森から不協和音を響かせていつまで羊の夢を語るのか。

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