「 ねーぇ?少しくらい愛を見せてくれてもいいんじゃない? 」



きっとしあわせ



「愛なんていくらでも見せてヤるけど?」

そう言ってヤツはアタシのおでこにキスをした。

「うわっ!!煙草くさっ!!」
「だって吸ってンもん」

左手に吸い掛けの煙草を掲げて、ヘラヘラと笑う。

「ねー…前から思ってたんだけどさー…」
「んー?」
「コジさぁ、フィルター噛むの癖?」

するとヤツはぽかーんとした顔をしてから、「あァ、気付かなかったわ」と言った。

コジって、大体こんなヤツ。
だからアタシは好きなんだけど。



「愛を感じないの」

アタシがこんなことを言い出したって、コジは気にも止めずに筆を動かす。
アタシも邪魔をする気はないんだけど。もっとも、絵を描いてるときのコジが一番好きだから。
煙草を咥えながら、筆を持つ左手はまるで踊っているよう。コジを見ると蝶が思い浮かぶのは、多分そのせいだろう。

「……おっかしいなァ」

コジはぽつりと呟いた。

「十分アイしてるつもりなんだけどなァー」

どうやら、さっきのアタシの言葉の返事らしい。

「どーしたらいいんだろうな」

片眉を下げて、コジは笑った。その左手は蝶のようにキャンバスで舞ったまま、きれいな二重の目だって色とりどりの世界を映してばかりだ。

「ヒントをあげるとね」
「おぅ」
「ソレ」

あたしはキャンバスを小さく指指した。

「お前さー…」
「なによ」
「もしかしてお前オレの絵に妬いてんの??まじ??」
「違うよー!!」

アタシは立ち上がってコジの煙草を取り上げた。

「あっおい!!」
「おあずけだよー。一生描いてればいーじゃん」

アタシは灰皿を取って煙草を押し付けた。

「あーぁ、もったいねェ」

そう言ったコジはまたヘラヘラしてて、ニコチン中毒かと思った。ああむかつく。いっつもヘラヘラしちゃって。余裕ぶっちゃってさ。しかも描いてる絵は見せてくんないし。

横目でちらりとコジを見ると、それでもヘラヘラしていた。

「もーいーよっ!!出てってやるっ!!このバカ!!ニコチン星人!!」

アタシは叫んだ。思ってたよりも甲高い声だった。もちろん本気じゃないけど。

「待てって」

なるべく恐い顔を作って振り向くと、コジはにこにこしながら手招きをした。
仕方なく、招かれた通りにアタシはコジの膝の上にちょこんと座った。煙草のにおいとアタシの香水のにおいがふわっと舞った。

「怒んなよ、アミコ」
「怒るよ」
「ワガママなヤツだねェ、ほんと」
「ワガママで悪かったわね、バカ」
「はいはい、ごめんなさい」

コジはそう言いながら後ろからアタシを抱きしめた。
コジは実は優しい。それに、アタシはこうしてコジとくっついているのが好き。煙草のにおいだってホントはそんなにヤじゃない。でもそんなことを教えたら、コジは絶対調子に乗るから、絶対一生教えてやんないけど。


「許してくれた?」

少しの間アタシをぎゅっと抱きしめて、耳元でコジは囁いた。
これが『煙草吸っていい?』って意味だってことを、アタシは知ってる。

「その前に、愛、愛をください」

どうもコジは煙草と絵のコトばっかりで、アタシなんか二の次だ。寧ろ、三の次。
今だって、早く煙草を吸いたそうで、早く絵の続きが描きたそう。

「だーかーらァ、どーすればいいのよ?」
「アタシが世界で一番好き?」
「人で?」
「物も入れて」
「ん〜……」
「悩むんじゃん。やっぱアタシは三の次だ」
「3のつぎ?なにそれ」
「アンタにとってのアタシの存在!」

あーあ。アタシはコジに一番愛して欲しいのに。



………ん?


アタシは今まで興味のなかったコジの絵をちらっと見た。
コジの絵は、アタシにはわからない美学で描かれていて、コジの知り合いが『上手い上手い』って言ってても、全然わからなかった。こういうのを、『抽象的って言うんだよ』って、誰かに教えてもらった。

でも、今キャンバスに映っているのは、アタシでもわかる、女の人。

「コジ、これ、誰?」

アタシはコジの膝の上を離れて、そのキャンパスをまじまじと眺めた。青い空の下、キレイな白い庭付き一戸建ての前で、女の人が笑ってる。

「コジ、これ、アタシ?」

「さァな」

アタシの質問にニヒルに答えたコジは、アタシと一緒にその絵を眺めた。

「………」

コジの描いた女の人は、アタシだ。絶対、アタシだ。
この家は、アタシとコジが将来住む家。白い庭付き一戸建てで、庭には大きな犬がいて、アタシはキレイな奥さんになるの。
随分昔に、二人で立てた計画だった。コジ、覚えてたんだ。

「コジ」
「んー?」
「世界で一番愛してるの、アタシでしょ」

そしてアタシは世界一しあわせかもしれない。
若さと才能溢れる将来有望なヘビースモーカーな未来の亭主がここにいるんだもの。

「バレたか」

そう言ってまた、コジは片眉を下げて笑った。
アタシはコジが愛しくて愛しくてしょうがなくて、コジにキスをした。
コジは両手で、アタシを包み込んだ。アタシもコジを抱きしめる。
煙草のにおいが、心地いい。

いつか、コジの煙草のにおいも嫌いじゃないって、教えてあげようと思った。

長いキスの後、二人でソファに座った。そして二人でぼんやり。しっかりとくっついて。コジは相変わらず煙草を咥えていた。


「あ、窓、開いてる」

ぼんやりと部屋を眺めていたアタシは、大きく開いた窓に気付いた。

「?気にすんなよ」
「ううん、蝶が、逃げちゃう」
「蝶?」
「そ。コジの左手には、蝶が住んでるの」

アタシはコジの左手を取って、キスをした。

「蝶って…ちょうちょ?」
「うん」
「へェ…。おもしろいこと言うんだな」

言って、コジは次の煙草に火をつけた。

「それでね、コレは蝶が踊った足音」

コジの左手を、壁に立て掛けてあったキャンバスに重ねる。

「蝶に足跡はねェけどな」
「いいの!チュウショウテキでしょ??」
「……そーだな」

そう言ったコジは、アタシの太ももの上に横になった。
「膝枕」って言って、かわいく笑うから、アタシは怒る気にもなれなかった。

「どっちかっつーとなァ…」

左手を眺めながらコジは呟く。

「なに?」
「オレにとっての蝶ってさ」

「ふぅー」と白い煙を吐いて、コジはアタシを引き寄せた。

「うるさくて、バカで、すぐ怒って、意味わかんないこと言う可愛いヤツなんだけどなァ」
「……なんでそんなんで可愛いヤツなの?誰??」
「ププ……オメーには教えてやんねェ」
「誰よぉ!ま…っまさかアンタアタシの他にオンナが…っ!!?」
「まさか。いらねェ心配すんなって」

そう言って、コジは左手でアタシの髪を撫でて、頬にキスをした。

「ああもう……蝶が逃げちゃうってば……」

窓を眺めると、空は青くて、コジが描いたアタシの絵の空みたいだった。



end.



どうしようもない話ですいませ…