あたしの心とは似合わないこの清々しい青空と、カラフルなお弁当。
お弁当箱はキティちゃんの形で、この男は腹を抱えて似合わないと言った。



優しさ



「それなのにどうしてあんたはここにいんのよ」

目の前で購買のクリームパンにかじりつく男は、きょとんとして動きを止めた。

「どうしてって……何を今更」
「なによ」

相変わらずきょとんとしてあたしを見つめる男を、思い切り睨み付ける。すると男は顔を崩して、へらへら笑った。

「ミエちゃんのことが好きだからに決まってんじゃん」
「嘘でしょ。そんなの」
「どーしていつも信じてくんないんだよー」

この男、サエゾウはなぜかいつもあたしの周りにまとわりつく。新学期、一人クラスに馴染めないでいるあたしを見つけたときから。

「いい迷惑よ」
「ミエちゃんこそ嘘つきだね」
「なによ」
「ほんとうはさみしいくせに」

こいつは時々妙に核心を突く。正直こいつがいなかったらあたしは今頃高校入学早々登校拒否をしていただろう。入学式から約1ヶ月、なんとかやってこれたのはこいつのお陰だったりする。
こうして、お昼のときも、あたしを屋上に誘い出すのはサエゾウだ。

「さみしくないわよ」
「そ」

呆れたふうに少し笑って、サエゾウはクリームパンの最後の一口を食べた。
クラスから浮いて、一人で窓の外を眺めていたとき、こいつはあたしに声をかけた。『俺サエゾウ。名前なんていうの?』『うっさいわね。あたしそんな可哀相に見えた?学校が始まって3日目なのに友達の一人も作れないで』あたしはいっつもこんなことを言ってしまう。脳より先に、唇が動く。そう、このときも、サエゾウは呆れたふうに優しく微笑んだのだ。

それからサエゾウはいつもあたしの傍にいた。ミエちゃーん、次移動だよ。ミエちゃん、お昼食べに行こう。ミエちゃん、一緒に帰ろう。
クラスの男子に誘われても、上手くかわしてあたしの隣に居座る。それがどうしてかは今でもわからない。あたしを好きなわけないし。
たぶんこいつはあたしに同情しているのだ。あたしはなぜか、今まで16年間生きてきて、女に好かれた試しがない。いつもいつの間にか敵対視されていたり、陰で嫌な噂を流されたり。援交してるとか、色んな男を誘ってるとか、そんな他愛無いものばかりだったけど、中学のとき、それを『子供のすること』で片付けられるほどあたしは強くなかった。だから、たくさん悩んでたくさん泣いた。
サエゾウはこんなあたしの弱さを見抜いて、さらりと優しくする。
あたしはそれを自分がどう感じているのかよくわからない。サエゾウのことは嫌いじゃないけど、よくわからない。

「サエゾウ」
「なに?」

そんなことを考えていたあたしの口から出た言葉は、


「もうあたしに近寄らないで」


ほら、また脳より唇が勝手に動いた。

サエゾウはまたきょとんとして、目を見開いてあたしを見つめた。あたしはこんなことが言いたかったんじゃない。だけどもう後には退けない。
あたしは立ち上がって、屋上から校舎へのドアに向かって歩き出した。もう止められない。

「ちょ…ミエちゃん!!」

後ろでサエゾウの声がしたのと同時に、腕を強く掴まれた。それははっきりと男のもので、あたしは初めてサエゾウを男として意識した。頬がどんどん熱くなっていくのを感じる。

「どうして…」

サエゾウはあたしを引き止めて言った。どうしてってそんなの、こっちが聞きたいわよ。

「離してっ」
「俺、ミエちゃんのこと好きなんだってば」
「嘘」
「嘘じゃないって」
「うそ、うそよ。同情してるんでしょ!?やめてよ!あたしは一人でいたいの!ほんとよ!」
「ミエちゃんは、嘘つきだよ」

サエゾウはあたしの腕を放して、まっすぐあたしの瞳を見つめた。
あたしの頬は最高に熱くて、冷や汗が出るほどだった。サエゾウのまっすぐな視線が、痛い。

「俺、ミエちゃんのことほんとに好きなんだ。守りたいって思う」
「どうしてそんなこというの」
「好きな子に信じてもらえないなんてやなんだ」

もう一度、サエゾウはあたしを引き寄せた。あたしはその力を止められなくて、サエゾウの唇が一瞬触れたのを、なんとなく理解した。

「なにすんのよ…」

サエゾウは腕に力を込めて、あたしはその中で静かに泣いた。サエゾウの手は震えていて、気持ちが痛いほどに伝わってくる。
苦しかった。あたしはいつだって小さな期待に裏切られてきた。たとえ誰かを好きになっても、結果、あたしは涙を流す。ずっとそうだった。

「あたし、こんなやなやつなのに、どうして優しくなんてするのよ…」
「うん」
「あんたは人気者じゃない。それなのになんで傍にいるの」
「うん」
「あたしは誰も好きになりたくないのに、どうして好きだなんて言うの」
「うん」
「どうしてそうやって、優しく笑うの……?」

見上げたサエゾウは、やっぱり呆れたふうに微笑んでいて、泣いている自分が恥ずかしくなった。
涙を拭おうとすると、サエゾウはその手を押しのけて、優しくあたしの睫毛に触れた。

「ミエを、俺に守らせてください」

そう言って、深々と頭を下げた。サエゾウのオレンジ色の髪が、逆さまになってる。

「守れるの?」

あたしが言うと、サエゾウは顔を上げて言った。「守ってみせます」

「………ありがとう」

そんな気休め言わないでよ。そう言いそうになった唇を、あたしは食い止めることができた。やっと素直になれた。
サエゾウの顔はみるみる明るくなっても一度あたしを抱きしめた。そろそろとサエゾウの背中に手を這わすと、あたしを抱きしめる腕にもっと力がこもった。

「苦しい」
「許して」
「いやよ」
「今だけ」

清々しい青空がキラリと光った。キティちゃんのお弁当箱は食べかけで、空のクリームパンの袋が、フェンスに引っかかっている。
あたしはなんだか泣けてきて、強い力でサエゾウの背中を、抱きしめた。



end.



040503
ひゃーなんか臭う臭う!
今までで一番青春臭いと思ってます。どうでしょう。

えーと、高1のミエが16年間って言ってるのは、4月生まれだからですよ。
こんなところで補足とかどうなんでしょう。
てゆーかてゆーか、何より一番だめなのは、お題と内容が違ry