ごめんね、ありがとう。
6.懐かしい傷跡
「キス、してもいい?」
洋生が言った。
付き合って2週間も経ってるし、普通ならもうしてるはずなのに、洋生は気を使ってまだ一度もしたことがなくて。
わたしは少し、迷っていた。
脳裏にちらつく、影。
「・・・いいよ」
わたしは言った。少し目を逸らして。
「うん」
洋生はゆっくりと顔を近づけてきて、わたしは目を瞑ろうとした。
だけど。
できない。
「・・・ごめん・・・」
わたしは俯いた。
洋生は少し驚いて、何も言わなかった。
「ごめんね」
涙が溢れた。
洋生のことがすきなのに、もうひとつの顔が浮かんでは消える。
ただただ泣いてばかりのわたしを、ただただ洋生は抱き締めた。
あたたかくて、また涙が零れる。
悪いのは、わたしなのに。
ごめんね、洋生。
わたしまだ、元彼のこと、忘れてなかった。ごめんね。
「俺のこと、すきじゃない?」
あたしは首を振った。力いっぱい。
洋生は優しくて、すきだから付き合ったのに。あいつのことなんて、もう忘れてると思ったのに。
「ならいいや」
顔をあげると、洋生は照れくさそうに微笑んでいた。
安心して、いとしさが込み上げた。
「まだ、すきなの?あいつのこと」
洋生が言っているのはきっと、元彼のこと。
わたしは頷いて、首を振った。
「どっちだよ」
笑う洋生は、少しかなしそうに見える。
ごめんね。
でも忘れられてない。
あなたには嘘つきたくないんだ。
「ゆっくりでいいや」
ぽつりと洋生は呟いた。
わたしが目で問うと、
「俺のことの方が全然すき!ってくらいになるまで、待ってる。俺の方が、ちょっとすきってくらいより、そっちのがいいもん」
そう言って笑った。
「それともあいつのほうが全然すきとか・・・?」
心配そうに見上げられて、わたしは「そんなことない」と笑った。
ごめんね。
きっぱり忘れられるまで、唇はとっておくことにする。
「ありがとう」
わたしは洋生の右頬に触れるくらいのキスをした。
end.
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