「あいつが帰ってくるまでなら」
ねぇ佐々木くん
それでもいいと思った私は
わがままですか?
5.これで、おわり
「ナギ、帰ろ」
たとえ期間限定でも
今 佐々木くんは私のもの
ずっとずっと好きだったんだから
ねぇきっと神様は許してくれるよね?
「ねぇ佐々木くん」
「…なぁ」
「なに?」
「佐々木くんとかじゃなくていいよ」
そうやって
いつも期待ばかりさせるあなたを
それでもきらいになれないの
「普通に、タクでいい」
だってそんな風に呼んだら
だめだよ
時間制限があること
忘れそうになる
「呼んでみて」
そんな風に笑わないで
あたしがずっと憧れていて
大好きだった笑顔を
今 あたしだけのために見せないで
あたしだけのものだと
錯覚してしまうから
「………タク」
ねぇ エミちゃんは?
あなたがいちばん大好きな
エミちゃんはあたしのこと知ってるの?
そんなこと 聞けない
壊したくないから
「そっちのが、やっぱいい」
ずっと このままがいい
それ以上なんて望まない
それでも
きっと私はわがままだよ
あなたがとなりにいて
あなたが笑ってくれて
あなたと歩ける
それはずっと憧れていたことで
やっと手に入れたのに
まだ 満たされて ない
いつになったら満たされるの
「ナギ」
その少し低い声で
私の名前を呼んでくれる
でも 私にはわからないんだ
あなたがなにを考えてるか
誰を 想ってるか
だって時々
「キスしよっか」
もしかしたら
私のこと 好きになってくれたんじゃないか
「…うん」
あなたの偽りの愛情を
信じてしまいそうになるの
でも
何度キスをしても
やっぱり 心は繋がりそうにない
++
「ごめん。急に呼び出して」
ケータイが鳴った瞬間から
砂時計は置かれたんだ
少しずつ
だけど確実に
その時は来てる
わかるの
「エミが」
あなたの口から
久しぶりに聴く、名前
魔法が 解けてゆく
「帰ってくるって」
そんな悲しい顔しないで
「……いつ?」
震えた私の声
「明日」
ほらね もうすぐ
砂が
すべて 落ちてしまう
「そっかぁ」
「ごめん」
あやまらないで
苦しまないで
「……ありがとう」
「なんで?」
「私のわがままに付き合ってくれて」
「わがまま?」
「うん。幸せだったよ、ほんとに」
「ごめん」
「あやまらないで、いいの、うれしかったから」
「おれも、楽しかった」
「……ありがとう、タク」
タク って呼べるのも
今日で最後だ
「ナギ」
「なに?」
「ナギだったから…」
「え?」
「ナギじゃなかったら、付き合ったりしなかったから…」
いやだよ そんなこと言わないでよ
「ナギだったから、おれ…」
「ううん」
「ナギ…」
「なんにも言わないで。泣きそうだから」
笑って、言ったのに
精一杯 笑ったのに
ねぇ
抱きしめたり しないで
「タク…」
「今日までは、いいだろ?」
「………」
「おれが、お前の彼氏」
よくないよ
全然よくない
あなたのこと 忘れられなくなっちゃう
「タク」
「ん?」
「タク」
「なに?」
「ううん…。今日しか呼べないから、たくさん呼ばせて」
最後まで
わがままで ごめんね
「タク」
「ん」
「タク…」
抱きしめ合ったまま、何度もその名を呼んだ
「ナギ」
こう呼ばれるのも、最後だね
「キス、していい?」
最後の、キス
「…うん」
お互いの唇は、冬のせいで冷たかった
「タク」
これで、おわり
あなたの名前を呼ぶのも
あなたとキスをするのも
end.
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