あなたが撫でてくれた髪を

こうして切り落とせば、

その感覚も すべて

忘れられると、おもった



触れた髪



「ミキの髪、きれい」

初めてそう言われたときから、彼に会うときはいつも以上に髪に気を使った。
シャンプーにも、トリートメントにも、カラーにも、何もかも。
すれ違った時に、ふんわりといい匂いのする髪をいつも目指していた。

「ミキの髪、ほんとに大好きだった」

そう言って、彼が背を向けたときも、風で髪がぼさぼさにならないように、必死に手で押さえていた。
彼のために、肩より少し上のときから、背中の真ん中まで一度も切らずに髪を伸ばした。
それは自分のためでもあって、彼が「きれいだね」って笑ってくれるたびにわたしは幸せに、なった。

そして今こうして、わたしは髪を切り落とした。ざくざくと音を立てて、100円のハサミに彼とわたしは切り刻まれてゆく。
洗面台はたちまちクリーミーブラウンに染まっていって、いつの間にか私は泣いていた。

『ミキの髪、きれい』

抱き合ったときも、彼はわたしの髪に顔を埋めて言った。わたしはそっと彼のにおいを肺に吸い込むと、少しだけひとつになれた気がした。

鏡を見ると、そこにはほんとうの自分がいた。髪という盾をなくして、それで彼ともう二度と向き合えなくなった自分が。
肩の少し上でちぐはぐに切り刻まれた髪は、何よりも醜いと思った。そして、自分の心も。
背中までの髪じゃ、自分をすべて隠し切れなかった。

わたしには、すべてをさらけ出す勇気がなかった。彼はきっと、そのことに気づいていた。

『ミキのこと、好きだよ』

最後まで頑なに望んだ言葉はわたしの髪に落ちてこなかったけれど、いつかわたしの胸にそれが降ってくればいいと、思った。


ふんわりと包むように、優しく彼はこの髪に指を通したっけ。
ばらばらに刻まれた髪を両手で掬い上げると、もう彼の顔が見えない気がした。



end.



040503
ぴったり1ヶ月ぶりに小説アプ…
どうなんでしょ…う…??