キスには相性ってものがある。



やわらかなぬくもり



あたしがそれを知ったのは、去年の冬。
そのとき付き合っていたスポーツマンタイプの小川くんとのキスの相性は、正直最悪だった。

そう、彼は出っ歯だった。

ものすごーく、出っ歯。

これ以上ないってくらいに、出っ歯。

八重歯なあたしとの相性がいい訳もなく、唇がくっつく前に、ガチン、と鳴るのだ。
ムードも何もないし、小川くんは自分の超出っ歯を多少気にしていたらしく、その日の夜には別れようというメールがきた。

この先小川くんとキスの相性が合う人がいるのか、とても不安。来るとしたら、ものすごく隙っ歯な子か歯がないおばあちゃんかもしれない。ああ、ほんとうに不安。

次に付き合った森川くんは、合わなくもないし合ってるとも感じない。ほんとうに普通。普通すぎて、つまらない。
そろそろ別れを切り出そうかな……


「倫子さぁ、理想が高すぎるんじゃない?」


あたしの話を遮った、多恵ちゃん。

「どーしてー?ほんとに普通すぎてつまんないんだってばー」
「それは倫子の価値観の問題。そんなんじゃ森川くんファンに殺されるよー?」
「うーん、それは大丈夫だと思うの」
「なんで?」
「今日の朝、メールしたんだ。別れよ?って。でもまだ返事来てないからどうなるかわかんないけど」
「あんた…」
「なに?」
「ううん、なんでもない」

多恵ちゃんは「はぁーっ」とため息をついてから、「それで、どうするの?」と言った。

「どうするって?」
「あんた、男なしじゃ生きていけないじゃん。誰かお目当ての奴がいるから森川くんに別れを切り出したわけでしょ?」
「多恵ちゃん、どうしてわかったの!?」
「わかるよ、倫子のことだもん」

多恵ちゃんはあたしのことがなんでもわかる。ほんとうになんでも。超能力を疑ってしまうくらい。
多恵ちゃんに嘘をついても無駄なだけだと思い。、あたしは胸の内を正直に話すことにした。

「あたしが初めて付き合った人覚えてる?」
「森川小川杉浦三好、信田今井七尾……大山蔵野鈴原岡崎井浦、村尾……………わかった、生田!」
「わーぁすごい多恵ちゃん。でも惜しいなぁ、8人目に付き合った松尾くんが抜けてるよ」
「あーーー松尾かぁ!あとちょっとだったのにー…」
「ほんとだね、惜しかったなぁ」
「違う違う。違くて、生田がどうしたの?」

生田くん。眼鏡を掛けてたけど、意外と男らしいところが好きだった、あたしの初恋の人。
大好きだったけど、ふられて終わり。大好きだったけど、もう一人気になる人ができたあたしが悪いんだけど。

「あのね、一番ピッタリだったの」
「何が?」
「……」
「キスが?」
「…うん」
「じゃあ会いに行けば?」
「えー…」
「生田じゃなきゃやだってことでしょ?もう一回フられてるから無駄なことかもしんないけどね」
「多恵ちゃん」
「なに?」
「ありがとう!!あたしがんばる!!!がんばってみるよっ!!!!」
「……でも、あんたが思ってるほど簡単なことじゃないって気がするな、そういうのって……」
「え?なに?なんか言った?」
「ううん、なんでもないよ」

多恵ちゃんはにっこりと笑った。
超能力者多恵ちゃんが背中を押してくれるなら、きっと上手くいく。そう思って、あたしは決めた。

生田くんに会って、好きって言って、付き合って、またキスしよう!!!

恋多きあたしだけど、この想いは一途です。どうか神様、あたしのために祈ってください。



++



放課後、生田くんが門から出てくるのを待った。
つくづく、同じ高校でよかったと思う。高校に入って、話したことは一度もないけれど。
あたしは早く生田くんとキスがしたくてしたくて仕方がなくて、うずうずしていた。


――そして。

「生田くんっっ!!」

あたしは意中の人を見つけて、駆け寄った。
生田くんは驚いたらしく、口を開けたまま突っ立っていた。

「あ……急にごめんね……だけどあたし………生田くんに会いたくて…・」
「…………み…倫子?なんでおれに?なんの用…?」

あたしは、胸のドキドキに気付かないほど、緊張していた。周りの視線にも気付かずに、ただ早く生田くんとキスがしたくて、早く想いを伝えなきゃならなかった。

「あ…あのねあたし……生田くんがすきなの……!!」

涙が溢れてきそうだった。理由はわからないけれど。

「…おれ?なんで急に」
「わかんない。色んな人と付き合っても、あたし、やっぱり生田くんが好きで……」
「そんな……付き合ってたの、何年も前じゃん」
「そんなの関係ないの!あたし、生田くんが好き。付き合って欲しいの!!!」
「は……?おまえ彼氏いんだろ?3組の森川だっけ」
「ううん、今日の朝別れた」

少し嘘だけど、これくらいなんとかなる。それよりも、早く生田くんとキスをしないと、あたしがどうにかなってしまいそう。爆発しそう。

「今日の朝って……。つーかおれ、無理だよ。彼女いるし」
「じゃっ…じゃあ、彼女よりもあたしを好きになって!!」

涙がぼろぼろこぼれて、生田くんの顔が歪んでく。
あたしはただ、初めてのキス、生田くんとのキスが欲しいだけなのに。

「お前さー」

歪んだままの生田くんは、どんな顔をしてるんだろう。


「そうやって今まで色んな奴ら落としてきたんだろ?」


――ん?
――なにそれ。


「おれの友達の信田と鈴原も、お前と付き合ったことあるんだけど。それに、鈴原先輩も…岡崎先輩も、後輩の三好も」
「かっ関係ないよ!!む…昔のことだもん!!!」
「おれにはある。おれ、お前やだ」
「そんなこと言わないでよぉ……」

こんなの初めてだった。どうしようもなくみじめだった。恋が多いのはいけないことなの?たくさん好きになるのは、罪なことなの?

やだ。やだ。やだ。


「もういい。いいよっ!!!」

あたしは泣きながら叫んだ。

せめて一度だけ。
あたしは生田くんとキスがしたい。



あたしが出た、支離滅裂な行動に、周囲から歓声にも似た声が上がった気がした。


ああやっぱ、最高――――……

生田くんのやわらかなぬくもりは、あたしにぴったりとあてはまる。
キスの相性は最高なのに。



「おっお前……なにすんだよ!!」

唇を離すと、生田くんは赤くなって言った。

「気持ちよかった?」
「あ?」
「生田くんとのキスが、一番好きなの。迷惑かけてごめんなさい。それじゃ」
「はぁ?ちょっと待てよおい……」


帰り道、あたしは一人で少し泣いた。
唇に残ったぬくもりがいとおしくて、いつになったら生田くんよりキスの相性がいい人と出会えるのかなぁ、と思った。
もしかしたら、一生出会えないかもしれないけれど。



end.



すいませんすいません。
勢いで書いちゃった。てへへ。
たまにはバカな話もいいかな、と…
しかも、全部勢いな展開なのに微妙にバッドEDだそうですよ奥さん!