分け合ったぬくもりさえ、いつかは?
真実の夢はどこ
「誰も知らない隠れ家に連れて行ってあげる」
二人で潜り込んだベッドの中で、シンが呟いた。
誰も知らない隠れ家、どきりとした。私はそれを知っている気がする。でもどうして?
「誰も知らない?」
「うん」
「どうして?」
「見つけたんだ、昔」
シンと私の記憶が交わることなどない。じゃあなぜなの?
さっきから頭に浮かぶのは、緑の茂る小さな森。小さいのに深くて、ときどき迷ってしまう。私は艶やかな葉の隙間から射す木漏れ日が大好きだった。
「小さくて、でも大きかった」
ぽつりと呟かれた言葉。私はそこに確信を見つけた。
きっと彼は私と同じものを頭に見ているんだろう。どうしてかはわからないけれど。
「木苺が、なってる」
今度は私が呟いた。シンは少し驚いた表情をしてそれから。
「そう、甘くて大きくて、よく集めてた」
彼と私が共有するものなどなかったから、今同じベッドの上で、同じ景色を眺めていることが嬉しかった。
だけれどなぜか、不安が伴う。きっとそれはシンも同じだ。
「秘密基地って呼んでたわ」
「隠れ家って呼んでた」
「同じよ」
きっと同じなのにやはりどこかが違う。
そう思うと少し寂しくなる。あと少しで交わりそうだった。でも私はどうして?シンが憎くて憎くて仕方がないのに。
これ以上は、だめと思った。ここで終わりにしよう。
私は背を向けて、白い布団を被った。
彼が私の名を、呼ぶ。
もう何も聴かせないで。あの森は今はもう無い、きっと。
「マナ」
やめて、やめて。私に現実を見せないで。苦しむのはシンだけでいいのよ。悪いのは彼だもの。
私は膝を抱いて、寝た振りをした。
「眠ったの?」
きっとシンは私が寝てなどいないことを、知ってる。
知っているけど、少しでも傷つけないように優しくするのだ。
「・・・燃えてた」
その言葉に、肩が大きく震えるのを感じた。
ああ、きっと彼は見たのだろう。自分の目で。
「・・・めて」
私はシンに向き直って、やめてと言って、それで終わるはずだった。私の声が震える理由などない。
シンは私の名前を呼んで、表情を窺ってきた。泣いているとでも思ったのだろうか。
生温い涙の感覚は嫌いだ。今私はそれを感じてはいない。
彼はそろそろと私の頬に触れた。
震えていたのはどっち?
彼の揺れる瞳が近付いて来る。その瞳に燃え盛るあの森を見た気がした。
だけど抵抗ができない。なぜかそのとき、私は彼を傷つけるのを拒んだのだ。
「・・・見たの?」
私はシンの肩に頭を預けた。
彼の肩は酷く冷たくて、私まで同じ温度になりそうだった。
私じゃ温められない。彼の大きなからだなど。
「・・・わからない」
「どうして?」
「夢かもしれない」
シンに預けた頭で、二人を包むシーツは温もっているのになぜ冷たいのだろうと、素朴な謎を必死に解こうとしていた。
ふと彼の顔を見上げると、彼は真剣な表情だった。
「夢、だったらいいのに」
そう、すべて夢ならば。
あの森は今でもあの森のままで、私たちは出逢ってなどいなくて、ここにいることなどなくて。
そうすれば憎むことも傷つくことも傷つけることも、なかった。
シンは、答えなかった。
ただ、私の髪を梳いていた。ずっと、ずっと。
「綺麗」
シンはぽつりと漏らした。私にはそれが何のことを言っているのかわからなかったが、やがて私の髪を見て言ったのだと気付き、顔が熱くなるのを感じた。
彼も無意識に呟いてしまったらしく、私の顔を見て、自分の頬も染めた。
それが可笑しくて。
私と彼は視線を合わさずに笑った。
ほんとうにほんとうに可笑しかったのだ。ほんとうに。
でも同時にかなしくなって、もう一度彼に背を向けた。
明日にはこうして笑い合ったことを後悔するだろう、そして。
彼は本当はあの森が燃えるのを見たのだ。
殺風景なこの部屋に、静寂が訪れる。
この空気を振り払う力など、私にはもう、ない。
「マナ」
囁いたのは、彼。
どうして、こんなときだけ。
あなたはずるい。
「夢なら、醒めなければいいのに」
あなたはほんとうに、ずるい。
シンの声が聴こえた。シンの言葉が聴こえた。
ねぇ私の幻聴ではない?
彼はきっと勇気を振絞って言ったのだろう。
少し経って、シーツの擦れる音がした。
ああ夢ならこのまま醒めないで。
彼がもう一度私の名前を囁くのと同時に、生温い感覚が頬を伝ったのを感じた。
end.
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