無垢な祈りならば



「ねぇシン」
「なに?」
「はやく戦争が終わるといいわね」

「そうだね」と答えた。声が震えていたことに彼女が気付かないといい。
昔のような無邪気な笑みで、彼女は僕にそう言う。
心から彼女はそう望んでいる。街の人もみんな、そう望んでいる。だけれど僕にすべてを受け入れられるほどの力がない。

だからせめて、彼女の望みだけは叶えてあげたい。


「ねぇマナ」
「なぁに?」
「僕は君を、守るよ」

「ありがとう」と答えた。声が掠れていたことに彼が気付かないといい。
また少し苦しそうな笑みで、彼は私にそう言う。
いつも彼はこう言う。私がなにを考えているかも知らずに、こう言う。だから私は彼の胸に顔を埋める。

だけどきっと、彼は戦いたくなんかないだろう。



彼女は彼の手を握り、彼は彼女を見上げる。不安げな顔で。
そうだ、彼はいつだって怯えていた。
とてつもない大きな恐怖に、怯えていた。

血で染まってゆく手を、剣の重みで軋む腕を、焼かれた街を歩く足を、しかし彼女は憎んでいた。


「私は祈るわ」

彼女は彼の耳元で囁く。
彼にとっての天使は、悪魔に心を売っていた。

「戦争が終わることを」

彼の心臓が大きく揺れる。
揺さぶり掴んで離さない、彼の天使。

「あなたが無事に帰ってくることを」

潤んだ瞳で彼が彼女を見つめると、彼女は慈愛に満ちた表情で、彼の髪を撫ぜた。


「ねぇマナ」


そして彼は祈る。
願わくば、このたったひとりの少女を守る力を僕に―――


「歌って」


彼女は頷き、息を吸う。
透き通った美しい声が、部屋中に響き渡る。

彼の心にそれは浸透し、癒してゆく。
彼はゆっくりと目を瞑った。

彼女は子守歌のように優しく歌う。
そして彼の首を眺める。その瞳に、光は宿っていなかった。

きっとわたしはこの子を殺せる。殺せるわ―――

誓いを胸に秘め、悪魔に売った心で愛し愛された人々を想い出す。


パパ、ママ、みんな
わたしが仇を討つわ、絶対に

はやくはやくはやく、戦争が終わりますように



ひとりの少年は、眠りに堕ちた。ひとりの少女の子守歌で。

ひとりの少女は、その歌に毒を混める。ひとりの少年を手に入れるために。



end.