鮮烈な虚無と形
「・・・・う・・・」
シンは隣で眠るマナを眺めていた。
彼女がうなされるのはよくあることだ。
額に少し汗を滲ませながら、きっと彼女は必死に過去を振り払っているのだろう。
何もしてあげられない、とシンはやはり思った。傍にいることも、最近はままならない。
街は荒廃し、軍の仕事は増えているのだ。
シンは街の人を助けたくて、救助活動にも積極的に参加していた。
その間もマナは、僕を待っている。
ずっと傍にいてあげたい、だけど―――
きっと彼女は、シンに街の人を助けて、と頼むだろう。
彼女がなによりも望んでいるのは、今の荒れ果てた街が、彼女が幸せだった頃の街に戻ることだから。
彼女はいつでも縋りつく虚無を必死に振り払い、今はもう無い幸せな日々を追い求めていた。
「・・・・っ」
夢の中のマナは僕の名を呼ばない。
たまに彼女は憎しみに満ちた瞳で僕を見る。
気付かぬ振りをしてたけど、それはきっと真実だ。
彼女は僕を憎んでいて、僕は彼女に同情している。
「・・・・・・」
シンはマナの手を握ってみた。
あたたかい。彼は彼女のぬくもりが大好きだった。
「・・・どうして、君はこんなにあたたかいの」
声にならずに、想いは宙を彷徨う。
シンは彼女を愛していた、でも今、愛している?
―――――わからない。
「どうして、泣いてるの」
マナはシンに握られていなかった左手を彼の頬に寄せた。
彼は驚いて、顔をあげる。
「えっ・・・あぁ、なんでもないよ」
そう言ったシンは、頬が熱を持ってしまったのが彼女にばれないよう、ぽろぽろと落ちた雫を払って、苦しげな笑顔に変えた。
「・・・・・・そう」
少しさみしそうな顔をして、マナは左手でシンの頬を撫でた。
寝ぼけているのだろうか、と思いシンはそっとマナを見つめた。
「・・・どうして」
呟くようにシンは言った。
「どうして、きみが、泣くの」
泣いていた。彼女は泣いていた。
マナがどうして?こわい夢でも見たのだろうか。
マナの悲しむ姿など見たくない、とシンは思った。
彼女を泣かせるくらいなら、死ぬのに。
「・・・あなたの、代わりに」
目を見開くと、彼女は微笑んでいた。
美しい、とシンは思った。
それはかつて自分が彼女に憧れていたときの彼女の笑顔とは違った。けれど、もっと美しかったかもしれない。
「泣かないで、あなたの涙はわたしが代わりに流してあげる」
微笑んでマナはそう囁くのだ。
返す言葉がなくシンは、ただ込み上げる涙を抑えていた。
微笑む彼女は一体誰を見ているんだろう。
僕なはずがあるだろうか、シンは想う。きっと他の誰かを彼女は見ているのだ。
彼女の夢の中の人物に。それが本当にこの世に存在するものなのかは、彼女にしかわからない。
或いは、誰にもわからない。
彼はそっと目を閉じた。
彼女の指が、そろそろと彼の睫毛に触れる。
end.
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