ゆるやかな狂気
ころしたのは だれ
パパやママをころしたのは だれなの
「う・・・うぅっ・・・っ・・・」
マナは慟哭を抑えることもなくその光景を眺め立ち尽くした。
紅く染まった屋敷は、初めて見る静けさを保っていた。
静寂を破り続ける、嗚咽。
シンは、ひたすら泣くマナに、どうすることもできなかった。
ただ、その背中を見つめることしか。
いつも綺麗に整えられていた彼女の赤毛はくしゃくしゃに乱れ、可愛らしい服すら両親たちの血で染め上げられていた。
その光景は、地獄でしかなかった。
いったいだれがこんなことをしたの
せんそうが?敵兵が?
わからない
もうなにもわからない
ただ にくしみがこみあげるだけ
「早く・・・戦争を、終わらせなくちゃ」
彼女は呟いた。
「はやくはやく・・・敵を、敵をやっつけなくっちゃ」
そして振り向く。
シンは恐怖に目を見張った。初めて見る、マナのこんな顔。
いつもまるで花咲くように微笑んでいた、あの子が。
今はただの憎しみだけの存在。
憎悪と恐怖と苦痛と悲哀に満ちたその表情に、生はなかった。
可憐で美しく、慈愛に満ちた彼女は、もういない。
それでもシンは、彼女を愛していた。
「・・・どうして」
涙で美しいその顔は歪み、その声は憎しみでしかなかった。
マナはシンに歩み寄る。酷くふらつきながら。
「どうして・・・」
「マナお嬢さま・・・」
「あなた・・・うちに雇われた兵士でしょう!!!それなのに、どうしてあなたが生きてるの・・・」
「お嬢さ」
シンの言葉を遮り、彼女は続ける。
「みんながいないのに・・・っ!!どうしてあなたがここにいるのよ!!!!」
喉が裂けてしまいそうなほどに、マナは叫んだ。
シンはなにも言えなかった。
「・・・どうして・・・」
ぽろぽろと涙は落ちてゆく。
紅く染まった世界に、ぽたりぽたりと染みてゆくのを、ただ呆然とシンは眺めていた。
一歩、一歩。
彼女は彼に近づく。
そしてその距離が埋まる頃、彼女は彼を抱きしめた。
「おねがい・・・おねがいだから、あなたはここにいて・・・どこへもいかないで」
弱々しく、消え入りそうな声で紡いでゆく。マナは、シンの服をいっそう強く握り締める。
「お嬢さ・・・」
「マナ・・・」
「・・・・・・・・」
「私は、マナよ・・・シン」
自分のからだにぴたりと重なるずっと憧れていたぬくもりに、血で染まった世界とは似合わない気持ちをシンは抱いていた。
視線を落とすと、そこには彼女の少し猫っ毛な赤毛がさらりと落ちる。
「・・・マナ・・・」
たたかいがおわって、てきがみんないなくなるのならば
パパやママたちのうらみを晴らせるならば
わたしは手段をえらばない
たとえ このこころをあくまに売っても
「ねぇシン、敵、みんな、やっつけて」
「わたしは、もうあんな思いしたくないの」
「だから・・・ねぇ、あなたが、ころして」
「わるいやつ、みんなみんな、ころしてよ・・・」
end.
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