透明な軌跡が故



あなたを求めてなどいない
だけれどあの瞬間はほんとうに

あなた を 愛していた



「マナ!!」

シンは身体の感覚が遠のいていることにも気付かずに、マナを探していた。

どこに、行ったんだ。

マナはいつも部屋から出なかった。いつどこで銃が撃たれるかがわからない、いつどこで人が死ぬかわからないから。
いつでも怯えながらシンの帰りを待っていた。

―――――それなのに。

マナが、いない。

シンは走り続けていた。もうすっかり辺りは真っ暗で、きっとマナは怯えて泣きながら、僕を待っている。


―――――どこに・・・っ

どこにいるの。

「マナ!・・・マナ!!」

狂ったように彼女の名を呼び続ける。シンには、マナしかいないのだ。どうしようもない恐怖と不安にかられ、シンは叫んだ。
もし、彼女が、もしも、彼女が――――

想像は傾き、いつしか彼を蝕んだ。
探し出したときには小降りだった雨も、今では激しく打ち付けて、シンに容赦なく突き刺さる。




「・・・シン」

マナは怯えて蹲っていた。ここはどこ?

自分が最後に見た街と、今自分がいる街はまったく違うもので、もうなにひとつわからなかった。
もしひとつわかるとしたら、これはすべて戦争がもたらしたものだということ。

そうよ、なにもかもなにもかも戦争が悪いのよ
戦争さえなかったら、この街だって変わらなかった

マナは不変がいとおしかった。
変わっていくものなどだいきらいだった。
だから変わっていく自分もだいきらいだった。

「シン、シン」

そこにその人がいるように、マナは囁き続けた。




シンは空を仰いだ。
闇から降ってくる、透明な雨。軌跡の隙間にマナがいた気がした。

「マナ」

うわ言のように、その名を呼び続ける。

ああ彼女のすべてが今は恋しい。
そのぬくもりも、そのほほえみも、その声も。


「・・・シン?」


たった今願ったそれが、自分の背に投げ掛けられた。

幻聴に惑わされているのだと、彼は息をつく。


「・・・シン・・・っ」


―――――違う。

幻聴なんかじゃ、ない。


急いで振り向いくと、そこには確かに彼女がいた。

「シン・・・」

ずぶ濡れで、弱々しい表情をして、少し離れた場所に。

「マナ・・・マナ、マナ!!」

シンは急いで彼女の元へ走った。はやく、はやくしなければ。
マナが消えてしまう気がして。


無我夢中で、雨で冷えきった世界を泳ぐ。
闇に飲まれてしまいそうなほど儚い、彼女に向かって。


「マ、ナ・・・」


ようやく腕の中に捕まえたそのからだは、自分と同じ温度だった。
シンは細い彼女のからだをがむしゃらに抱きしめた。



冷え切った背中が軋む
少しの痛みと、数え切れないいとしさが込み上げて

それでもそんな自分を認めることができなくて

夢中でわたしを包むからだに顔を埋めた



end.