__Walk_in_the_moonshine,_and_drink_like_a_jellyfish.__

[09.09.24] 

〜海月の放流〜 159


物語。ルーチンに潜む気の利かないジョーク。そしてその幕(膜)の向こう側。


【焼いてなくても焼きそばとは是如何に】
皮肉を小難しさで包んだ浪漫を叩いて伸ばして細く切って茹でて凍結乾燥にして湯を掛け時間を置いた物を啜る。即席の口当たりを望んだはずが、果たしてそれはソースを先にぶちまけてはいけなかったものであって、湯に浮かぶソースの油膜は哀しくも切なく、本来の麺が何であったかすら到達できない。

ノンフィクションの本を立て続けに4冊ほど読んでいる。
1985年の日航機墜落事故と1994年および1995年のサリン事件の現場の証言。憤ること甚だしく。かと言って「誰に」対してなのか「何に」対してなのか自分自身の中で消化しきれずに戸惑っている。メディアがでっち上げたストーリーとは違う「現場」の実態。記憶はある当事者にとっての事実の一面ではあっても、別の当事者からはまた別の事実の側面が提示される。その断片から継ぎ接ぎした物語を勝手に作り上げて納得しようと試みているに過ぎない自分は結局どこにも到達できずに宙ぶらりんの歯がゆさに呆然と立ち尽くすだけなのだった。一歩引いて俯瞰の位置で仮に何か教訓や責任の所在を取り出そうとしても反省や悲観に暮れるばかりで、所詮、他人事、衒学的な似非哲学をぶちまける程度のちっぽけな感傷で終わる。

それでも僕は読み続ける。そこに物語があるからだ。
意味や意義を必要としているのではない。
人には物語が必要なのだ。たとえその一冊の中でたどり着けなくても。



・・・(つづく)[09.09.24]Thu_Qurax2海月(=)彡
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