__Walk_in_the_moonshine,_and_drink_like_a_jellyfish.__

[01.08.31] 

どうして彼は海月になったか?


▽元来、私は海が好きだった。海のある町で暮らしていたわけではないが。6 月ともなれば毎週日曜日に海へ連れていってもらった。当時はアクアラングと 呼ばれ まだ スキューバダイビングという言葉はなかった。カラフルなウェット スーツもなく全身真っ黒のゴム人形のようだった。器材も未発達であったから タンクは2本背負っていた。そういう姿の父が海から上がってくる。と。さざ えやあわびやおいしい巻貝を手にしている。私は深い磯で飛び込み遊びをして 脚を傷だらけにしている。海水を擦り付ければつばをつけるより早く直ること を知っている。大慌てで血を洗い流しさざえや巻貝に駆け寄るのだ。醤油があ ればもっとおいしいことを知るのはずっとあとになってからだった。けれど。 海水の塩味で十分においしかったのは確かだ。

○最初に意識したのは夜道の帰り道。いつまでも同じ方向に同じ速さで追い掛 けてくるんだ。もちろんそれが月と言う名でお月さんの物語も知ってるもん。 アポロってゆうロケットが人間を運んだことは図鑑で見たよ。僕がうまれてち ょうど一年後の話だったことはあとで知ったことだけど。それにしても。どう して追い掛けてくるんだろう?思いっきり走ってみた。思いっきり追い付かれ た。ぴたっと止まれば、ぴたっと止まる。ちょっと恐くなったけど笑い飛ばし てやった。あははははは。

▽スキューバのライセンスを取得した。あちこち旅をしてはあちこちの海で泳 ぎ潜った。道具を使うことが面倒だったので結局素潜り。ライセンス意味なし。 すっかりペーパーダイバー。

○長距離夜行列車の窓から昇りたての月。このスピードにも楽々併走。ポケッ ト瓶のウイスキーと文庫本をわきに追いやってしばし月を眺めてる。これから どこに行くのだろう。僕は?月は?

○今夜はテントは張らずにシートを敷いて寝袋だけで寝ることにした。砂漠の 夜は夏でも寒い。夜空は冬のように澄み渡り星が月がぶら下がってた。

○満月の夜は少年たちと辞書をはさんでおしゃべりしてだんだん浮かれて踊り 出して大笑い。満月の夜の砂浜はたき火と月光がまぶしい。

▽染まりそうにアオい原初の海。誰もいない。水面に浮いて海中を眺めると何 十メートルも下が見える。空を飛んでいる気分。脇腹を原色の魚がすり抜けて ゆく。からだを反転させて仰向けで浮いてみると視界には空しかなくこれまた 宙に浮いているようだ。

こうして私は海の虜になった。

○満月の光だけで富士山が見えた。へろへろになりながら仮眠を取りにバイク を走らせていたところだった。慌ててブレーキ。盆地の底には夜景が広がりそ の上に富士山が浮いてた。ああ。ふっと我にかえって再びスロットルを捻りぶっ 飛ばす。毛布と林檎とカメラを部屋から持ち出して一晩中お月さんと富士山を 見てた。そう。お日さんが来るまで。

○草原の夜もたき火。火が上がるとまん丸お月さんもやってきた。酒が入れば うたい踊った。こどもらはいつまで経っても眠らない。満月の明かりで影踏み 遊びをして走り回った。くるしいぃ。すっかり忘れてた。ここは標高3000 メートルを超えているのだった。こどもらはそんな僕を指差してさらに愉快に はしゃぐのだ。薪がなくなれば乾燥した馬糞がそこらにあるさ。ゆっくりゆっ たり。徐々に静かに語り囁き。うとうと。お月さんが草原の彼方に傾いた。
そろそろ朝。朝?夜を明かしてしまう。

○屋根の上は僕の特等席なのだ。ザックを背負って上る。中には毛布と酒とピ ーナッツ。寝転がると視界には地上にへばりついているあらゆるものが視界か ら消える。まるで宙に浮いているようだ。酒瓶の重しがなかったら浮いてしま う。ここでは月を見下ろせる。あらゆるところで月を見た。月を見てはうたい 笑い泣いた。

こうして僕は月の虜になった。

◇年賀状の図案を考える時期だ。あるいは冬休み直前の試験やレポートのため の勉強期間ともいう。と、くれば図書館だ。お気に入りの窓際の席を確保した ら原色〜図鑑シリーズ。色鉛筆は削っておいた。さてと今日は海の生きもので もいってみようか。お、クラゲもきれいだなぁ。ん?クラゲは「水母、海月」 と書くのかぁ。そうか!おおっ!!これだ!!!

◇水族館でしゃがみこんで小一時間も眺めてた。まったく飽きない。クラゲは 海の中で収縮と拡散を繰り返し永遠に循環し、見えたり見えなかったりするだ け。クラゲは死なない。いや。もはや生きも死にもしないのかもしれない。
んーん。クラゲおそるべし。

こうしてわしはクラゲの虜になった。

・・・こうして彼は海月になったのだった。

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