兄ちゃんが本気で走ったら、美貴はぜったいに追いつかれへん。
やから兄ちゃんはゆっくり歩く。美貴の手を繋いで、たまに抱きかかえて、ゆっくり歩く。
「にいちゃん、どうしてこっちかえってこぉへんの」
「帰って来てるやん」
「いっかげつにいっぺんやん」
「贅沢言いなや。兄ちゃんかて仕事あんねん。そう毎日毎日は帰って来れへんわ」
「ほんならこっちでおしごとしたらええねん。そしたらいっしょおれるやろ」
「兄ちゃんといっしょおりたいんか?」
「うん」
あのひとは、困ったなあと笑っていた。
嬉しそうに笑っていた。
「美貴には母ちゃんと父ちゃんおるやろ、やのに兄ちゃんおらへんとあかんの?」
「母ちゃんと、父ちゃんと、兄ちゃんがいっしょにおったらええねん」
「欲張りやなー!」
兄ちゃんのこと好きやねん。ずっと一緒におってや。そう言うと声を上げて嬉しそうに笑うのに、どうして一緒におってくれへんの。
「あかんわ美貴、けど美貴に逢いに、できるだけこっち帰れるよう頑張るから。それで許したってや」
「おしごといそがしいん」
「それもあるけどなあ――」
傍におって、甘えさせるだけが愛やないって兄ちゃんは言う。離れていても美貴のことずっと好きやって言う。
「俺がこっち戻ったらな、ひとりぼっちになってまうひとがおるんや。俺があのひと待っといてやらな、誰もおらへんことなる。堪忍な」
美貴のこと嫌いなん、泣きそうになって訊くと、あの人は困った顔で首を振った。
兄ちゃんは、好きなひとがおるんやって。
やから帰られへんのやって。
「美貴が保育園から帰ったらな、母ちゃんがおって父ちゃんがおるやろ、兄ちゃんおらへんでも、ひとりやないやろ。けどあのひとには、俺が待っといてやらな誰もおらへん」
好きなひとがおるんやって。
「やから俺が待っといてやりたいねん。ずっと」
――とても好きな、ひとが。