浮気の匂い 人妻の香り

それは、聖戦後二人がはじめて体を交わし、幾度と逢瀬を重ねてきた近頃のことです。

「サガ、・・・すまないが、今晩は行けなくなった」
「?そうか。わかった」

仕事だろうかと私もさほど気にはしなかったのですが、翌朝・・・

「あ・・・おはよう、サガ。早いな」
「?ああ」

いくらなんでも仕事で朝帰りになるなどアイオロスではありえません。
どこかへ行ってきたのだろうかと疑問に思っていると、すれ違いざまに


「どこの誰ぞとも分からん香りが漂ってきたと」
「ああ」
「アイオロスが香水でもつけはじめたんじゃねえの?」
「いや、あの香りは恐らく男性がつけるものではない。それにしては華やかで甘すぎる」
「アフロディーテは?」
「デスマスクと旅行中だ」
「浮気だな」
「・・・・」
「もうそれしかねえだろ」
「浮気か・・・・」

どんよりと沈みこむサガ。最近ではようやく感情を表に出すようになってきたとカノンは感心したが、
それにしたってその原因が悪すぎる。アイオロスに限って浮気というのも考えづらいが、
女モノの香水をつけて朝帰りといわれるとどうしようもない。

「なあ、それそん時だけか?」
「いや・・・それが」
「他にもあんのか!!?」
「それも違う香りが・・・数度」
カノンは呆れてため息をついた。
甦ったばかりの頃はつかず離れずの二人に苛立ちこそしたものの、
それからの二人のバカップルぶりと言えばその上を行く腹立たしさだったのだ。
傍目にはアイオロスが一方的にサガを独占しているようにも見えるが、
サガもアイオロスを同じように独占しているのだとカノンは思っていた。
その恐ろしいほどの愛情を互いに抱えているはずのアイオロスが、浮気。
それも一度や二度ではないとなると、サガも数度の遊びと見過ごすわけにもいかなくなる。
何度となく夜を共にしていたにも関わらず朝帰り。
溜まっているというわけではなさそうだが、サガはやはり男の自分ではと気がかりで仕方ないだろう。
(あー馬鹿馬鹿しい・・・でも待てよ、これはもしかすると・・・)
「サガ。具体的には覚えてないか?何日前にとか」
「2週間ほど前からだ。その後3日とおかずに・・・・」
ふとサガが寂しそうな顔をする。恐らくその2週間前あたりから会う回数も減っているに違いない。
愛に飢えているサガのことだ。
アイオロスのあの重苦しいまでの愛情が突然ぶつぶつと途切れれば不安にもなる。
(チャーンス)
カノンの目がギラリと光った。

「まあ、さ。まだ浮気と決まったわけじゃないんだ。今度アイオロスに聞いてみろ」
「しかし・・・」
「いいか?お前はいわゆる正妻の立場だ!そこぞの馬の骨とも知らん女に負けるものか!」
「セイサイ・・・?」
「いや、こっちの話」

せっかくサガとの仲を改善したと思ったら、
サガはさっさとアイオロスという筋肉バカ(※カノンのイメージ)に攫われてしまった。
実の兄、それも自分と同じ顔をした兄に恋愛感情とまではいかないが、
サガがこうもあっさり他の野郎になすがままにされ(※カノンのイメージ)
挙句のはて浮気までされては(※カノンの中ではもはや決定)弟としてもやりきれない。

(ここは一気にアイオロスとサガを破局にして、サガは俺と仲良し双子のような生活をするぞ)

さすがはいい年こいて夢は世界征服。今でも充分仲のいい、良すぎるくらいの双子だが、
本人それには気付いていないらしい。
傍から見れば、サガはアイオロスと同じくらい、いやもしかするとそれとは別に、
それ以上に深い愛情を以ってカノンに接しているというのに。

「しっかし・・・まずはどうしたもんかな」
アイオロスとサガを別れさせ、やはり頼りになるのはカノンしかいないとサガに思わせなくてはならない。
簡単そうだがあまり派手にやらかすとこちらが被害を被る。
サガが傷つき、涙を流してやってくるようなのではいけない。
サガがアイオロスにフラれでもしたらそれこそ自殺ものだ。
(サガがアイオロスをさっさと見限ればいいのか・・・?)
だが恐らくそれも思いのほか難しいだろう。アイオロスはきっとサガを問い詰め、
そして優しいサガはまたその激しい愛情に溺れてしまう。
(ここはやはり他に恋人をつくるか・・・?
アイオロスとの間柄のように余裕がないのではマズイ。となると年下・・・?)
アイオロスは誕生日がサガより遅いだけで一応同い年だ。
年下の恋人、と考えてカノンの頭には一瞬冥界の黒い翼の男が浮かんだが、すぐに抹消された。
(あいつはダメだ。う〜ん・・・なにも男でなくてもいいんだが・・・女となるとまた面倒だ。
サガは人見知りするしな)
知り合いで、サガを慕っている年下の人。
黄金の一番若い層の数人が候補にあがった。
(シャカ・・・あいつは問題外だ。見た目はいいがサガにとっては手のかかる子供同然)
(ムウ・・あいつもダメだ。シャカもムウもきれいすぎる。それにムウが相手では胃に穴があくやもしれん)
それは小難しい話のできないカノン限定ではあったが。
(アルデバラン・・・確かにいいヤツだがサガ・・・サガか。
いいかもしれんがどうもサガの色香に惑わされるようになってしまう)
人柄もよく、男らしい。しかし半端なくいい人なだけに、
サガやカノンのような独特の香を放つような者が相手では恐らく気がひけてしまうだろう。
(ミロとカミュはカットだ。あいつら問題外。
あのどっちかとくっつけるにはまずあの二人を別れさせる必要があるからな)
(あとは・・・アイオリア!アイオリアだ!あいつはどうだ?)
正義感に厚く男気に溢れている。そして彼は幼い頃からサガには並々ならぬ想いを抱いていた。
それが憧れなのかどうなのかは判断のつきにくいところだが、
カノンがサガと入れ替わったりする際に随分とアイオリアにくっつかれた記憶がある。

(年下で、サガも余裕のもてる相手だ!よし!アイオリアをけしかけるぞ!!)

カノンは浮かれ顔で十二宮をつなぐ階段をのぼっていった。(※スキップ)


「アイオロス、話があるんだ」
「・・?ああ、珍しいな。お前から誘ってくれるなんて」
アイオロスは笑顔でサガを人馬宮に迎え入れた。
さりげなく腰に手を回そうとするが、
サガの常にない強張った(※目の据わった)表情に思わず手を引っ込めた。
「実は折り入って話したいことがある」
なんとなく嫌な予感がしながらも、アイオロスはサガをソファに座らせ、
コーヒーを二人分淹れてテーブルに置いた。
「ああ・・・」
「・・・・・最近、女性と思しき残り香がすることが多いが」
「・・・・・・・」
「それについて・・・何か、教えてはくれないのか?」
(目が完璧据わってますよサガさん・・・!!)
アイオロスの背中に冷や汗が流れた。


「よお、アイオリア。相変わらずマッチョだな」
「?珍しいこともあるものだな」
「おう。ちょっくら話がある」
「中へ」
「いや、ここでいい」
「そうもいくまい。それに今日はアフロディーテから紅茶を貰ったのだが淹れられん。
代わりに淹れてはくれないか?」
「俺はサガと違ってへたくそだけどな」
「そうなのか?」
「全部サガ任せだ!」
「・・・」

サガやカノンの居住スペースと違い、アイオリアの居住スペースはまさに男の一人暮らしといった感じである。
汚くはないが、きれいでもない。物は少ないが入れ方しまい方が雑なのだ。
台所にも必要最低限のものしか置かれてはいない。
黄金聖闘士の中にも放っておくと居住スペースがどうなるか分からない人物が数名いるので、
週に一度家事をしにヘルパーが入る。
そのおかげでなんとか今の十二宮は清潔を保っている。
アイオリアはヘルパーに毎週食事をある程度つくりおいてもらうため、
台所は物が少なく使われずきれいなままのことが多い。

アフロディーテの趣味(※家庭菜園)を生かした紅茶は、香り高くそれは素晴らしい出来なのだが、
そのよさを解さない人間にとっては普通の紅茶と何の変わりもない。
これがサガならば恐らく上手に紅茶を入れ美味しく飲むのだろうが、
あいにくカノンにはそういうたしなみは向いていなかった。
それでもなんとか苦心しながら葉っぱがカップの中で踊る紅茶をいれた。
獅子宮に茶漉しは存在しないらしい。
「で、話というのは」
「お前サガのことどう思ってる」
ぶはっ!!
「・・・汚えな」
「すまない。い、今何と?」
「だからお前サガのことはどう思ってんだ、って」
ガチャガチャン
「あー高そうなカップが」
「あああああこれはサガから貰ったものだったのに・・・!!」
(ビンゴ!これは相当脈アリだな)
カノンはほくそえんだ。
アイオリアは赤い顔で慌しくカップを片付けている。
「どうだアイオリア。人妻はイイらしいぞ?」
「ひとづま・・・?・・・ななななななな何を言って・・!!」
「昼下がりの獅子宮。兄の恋人は夫の浮気に堪えかね・・・」
浮気、という言葉にアイオリアが急に真剣な顔になりぴくりと眉を動かした。
「浮気?浮気とはどういうことだ」
(かかったな!)
「アイオロスが最近女の残り香をただよわせ朝帰りするらしい」
「兄アイオロスが・・・?!そんなまさか。あれほどまでに愛し合っている二人だぞ?」
「それが一度や二度じゃない」
「サガは・・・」
「大層落ち込んでいる(これはマジだろ)」
「そうか・・・」
「なあ、夫の浮気に悩む奥サン救ってやれよ」
「しかしこれは二人の問題では・・・」
「このままだとサガは傷つき続けるぞ」
「サガ・・・!」
アイオロスは幼い頃、淡くサガへの恋を抱いていた。
その後主だった相手は特にいない。幼き恋の相手が愛する者に裏切られるとなれば、
アイオリアとて黙ってはいられない。
「サガはいまどこに?」
「おそらく人馬宮」
「すまんなカノン。俺は行くぞ」
「おーせいぜい頑張ってくれ」
ニヤリと笑う。アイオリアは光速ダッシュで人馬宮へ向かった。
アイオロス、サガ、そしてアイオリアの修羅場を見ようと、カノン自身も人馬宮へ気配を消して向かう。
(まさかこうもうまくいくとはな。うまくやれよアイオリア・・・!仲良し双子はお前にかかっている!)


「サ、サガ!誤解なんだ!」
「何が誤解だ!・・・私が必要ないならばそう言えばいい・・・!」
「そんなことがあるものか!俺にはお前が必要だ」
「ならばなぜ理由を言わんのだ!!」
サガのコスモが膨れ上がった。
「そ、それは・・・!」

「アイオロス!!」

(来たー!!!)
一足先にこっそりとバルコニーに侵入していたカノンは期待通りの展開に胸が弾んだ。
「アイオリア・・?」
「どうしてここへ!」
「アイオロス、俺は見損なったぞ!サガという人がありながら浮気とは!!」
「いやだからそれはな・・・!」
「アイオリア・・・なぜここへ」
「サガ、俺はサガが心配なんだ」
(おおおお〜旦那と妻と年下の間男らしくなってきた!!)
ちなみにカノンの最近の趣味は官能小説漁りである。
アイオリアとサガが意味深に視線を交わすのにとうとう観念したのか、アイオロスが口を開いた。

「・・・・花を、選んでたんだ」

花?

予想外の展開にカノンはちょっと焦ってきた。
「花・・・?」
「ああ。・・・サガの、誕生日が近いだろう。花と共に同じ香りの香水を贈ろうと思っていた」
「そ・・・んな・・・」

ここまでくるとかわいそうなのはアイオリアである。
熱い視線を交わすアイオロスとサガ。アイオロスの腕はサガの腰を抱き、
髪を梳き、今にも押し倒しそうな勢いだ。

マズった・・・・

カノンがこそこそと逃げ出そうとしたその時。
「・・・・カノン」
「ゲッアイオリア!!」
「これは一体・・・・」
「悪ィな!俺の勘違いだ!じゃっ!」

取り残されたアイオリアは男泣きした。


アイオロスの言った通り、翌週のサガの誕生日に、真っ白な花とその花から作られた香水が贈られた。
カノンはそれを受け取り嬉しそうな顔をするサガに複雑な思いを抱いたが、
その日は二人でゆっくりと過ごせたので、まあ許したという。