過去に日記でちょくちょく書いていた学園パラレルです。
時系列とか展開もあまり考えずにその場その場のネタログです。
全寮制
古い男子校
ファンタジーではないけどすごくパラレル
教皇 と呼ばれる学園内のポジションを生徒はみんな狙っている。
卒業後の地位の安定のため・・・というような感じで。
生徒は入学時に太陽寮(ソル)と月寮(ルナ)に分けられる。
そのまんまですがロスはソル、サガはルナ、それぞれ寮長です。
太陽のほうが優位とされていますが、月出身の教皇も存在します。
ロス・サガの代は特にこの二人が優秀だったため、
ソルかルナか大いに緊張感が高まっています。
サガは太陽寮の寮長を狙っていましたが、月寮に振り分けられ、
その時点から自尊心に傷がついてます。
よくわかりませんが7年制で(笑)
本当はちゃんと学校についてガチっと設定固めて資料もそろえるべきなんですが・・・
すみません
7年 年長組
6年 年中組
5年 年少組
4年
3年
2年
1年 星矢たち(新入生)
年齢もアバウト
ファンタジーファンタジー・・・
十代なのは確かです。
生徒はそれぞれ自分たちの星座のペンダントを持っています。
マリみて的なあれで、お互いのペンダントを交換することで契約が成立します。
しかし別の星座同士では交換できません。星座と寮の振り分けは関係ありません。
年長者が賢者、年少者が騎士、となって、公認にしろ秘密にしろ、
徒弟関係的なものが生まれます。
舞オトメで言うならば後輩はお部屋係!
交換しない生徒のほうがむしろ多いです。
12星座にはそれぞれ星座の長(成績優秀とか、そういうあれで)ともいうべき生徒が決まっていて、
黄金聖闘士の方々はみんなそういうあれで・・・(天秤座は空位)
なんとなく同じ星座同士で群れあいます。
太陽寮と月寮、射手座と双子座はお互いにピリピリしているので、例年にも増して同じ星座同士が固まる傾向にあります。
アイオロスは本当はサガの騎士になりたかったんですが、
違う星座同士なので当然だめ。
サガの騎士になるどころか家柄の大変よろしいサガに対抗する庶民代表のような担がれ方をして、おいそれと近寄ることもできません。
アイオロスも別に庶民の出ではないです多分。
しかしサガの家の威光めざましく・・・といったところでしょうか・・・
ミロとカミュも本当は互いに交換したかったんですが、こちらも違う星座同士、ロスとサガと一緒で星座の長でもあるので不可能。
カミュは新入生の氷河と交換する予定。・・・氷河は水瓶座でいいんでしたっけ・・・?
太陽寮と月寮の寮長2人、アイオロスとサガ。
いよいよこの二人のどちらかが、学園の歴史に名を刻む、教皇に選ばれる年。
6年の終わりごろから太陽寮と月寮の関係はますます緊迫したものとなり、
射手座・双子座陣営も、争いを厭うロスとサガの願いも虚しく諍いが増している。
ここ数十年、稀に見る優秀な人材2人の激突を、学園内は恐れつつも、一種の娯楽のように、眺めていた。
そんな年、入学してきた若々しい生徒たちと、イタズラを思いついた一人の男によって、学園は一層盛り上がることになる。
秋風に吹かれ、星矢は広い学園内をさまよい歩いていた。
日本の小さな孤児院から出てきた星矢にとって、この学園は恐ろしいほど広かった。しかし迷子になるのは星矢だけではないだろう。各国の家柄もよく、頭脳明晰、あるいは運動能力に長けた人材数百人を抱えるこの学園は、ただの学び舎というにはあまりに広かった。
森を挟んで存在する二つの石造りの寮は外装、内装ともにゴシックを意識した見事な建物で、そこから少し離れた小高い丘に存在する校舎は、まさに城としか言いようのない巨大な建造物だった。寮から校舎までのゆるい坂道には商店が立ち並び、多くの制服姿の学生と、町人でにぎわっていた。
ここは学園を中心に栄えた一つの町だった。
星矢は今、自分がどこを歩いているのかさえわからなくなっていた。城についたのは確かだ。城の入り口は正面の一つのみ。問題はそこから先だった。どこを歩いても同じような白い廊下、白い柱しか見当たらない。いくらドアを開けて中を覗いても、中には誰もいない。
今日は入学式であり、生徒は全員城の中の講堂に集まっているはずだった。
「参ったなあ・・・」
同じく日本からやってきた友人たちは、みな太陽寮。
月寮の星矢は見事に寝坊し、他の生徒についていくこともできなくなったのだ。
歩き続けてどのくらいになるだろうか。上ったり下ったり、歩いたり走ったりしたが、いっこうに人の姿が見当たらない。歩き続けるうちに、少し拓けたところにたどりついた。どうやら城の中心に達したらしい。円形の中庭は、ぐるりと円形の廊下に囲まれ、廊下からは幾筋もまた廊下がのびているようだ。
(クモの巣だな)
地図がなければ分かるはずもない。クモの巣の中心に捕えられた星矢は、講堂探しは諦め少し休憩することにした。今から行ったところで式に間に合いはしないだろう。
中庭の真ん中には噴水があったが、今は水も出ていない。芝生と、いっぱいに繁った木々と、ちらほら薔薇の植え込みもある。今日は天気もよく、長閑だった。
「あーあ・・・なんでこんなとこ来ちゃったのかなあ俺」
星矢は盛大にため息をついた。特に学業優秀なわけでもない。運動は確かに得意だが、どこにでもいる普通の子供だった。城戸沙織という少女をきっかけにこの学園に入学することになったのだが、星矢は“世界が違う”と疲れっぱなしだった。
要するに世界中の金持ちの子供が集まる学園だったのだ。おそらく星矢は今度、東洋人の、金もない、馬鹿な子供が、何でこの学園に、と白い目で見られ続けるのだろう。星矢は何ひとつ持っていない。しかし沙織は、ここで掴みなさいと言った。
何を、とは聞かなかった。
「見返す元気もなくなるっつーの・・・」
唯一の救いは寮の食事がうまいこと、ベッドが大きく、ふかふかの布団で寝られることである。
芝生に横になり、星矢は空を見上げた。さわさわと木々の囁く音がする。静かに目をつぶっているうちに、星矢はうとうととしてきた。穏やかな日光が肌に心地よい。
ふと
陽が遮られた。
「ここで何をしている、新入生」
「え・・・う、うわっ」
星矢があわてて飛び起きると、そこには眩いほど輝く人がいた。あまりにきらきらと輝いているので、星矢はごしごしと目をこすった。
「ああ、そんなに目をこするとよくない。・・・大丈夫か?」
星矢はよくわからず頷き、改めてじっと姿を確認した。太陽の光を受けて輝いているのは、星矢の黒い癖っ毛とは違う、蒼いような、銀色のような、不思議な色に輝く長い髪だった。腰に届きそうなほど長い髪は、ゆるやかにカーブし、その人全体を包み込むような印象だった。
(き、きれいだ・・・)
白く美しい皮膚、蒼い瞳、穏やかな微笑。どこをとっても非のうちどころのない、見事な造形だった。
「今は・・・入学式の時間のはずだが・・・」
「お、おれ、迷子になって・・・」
見たこともないような麗人に星矢はしどろもどろになって答えた。
「慣れるまで暫くかかるだろう。気にすることはない。大事なのはこれからの生活だ。しかし、時間に余裕はもたねばならないな」
「は、はあ」
星矢は気の抜けた返事をした。東洋人とは違う澄んだ瞳を、見返すことができなかった。
「今日は入学式で終わりのはずだから、もう少しここで待って、他の新入生にまぎれて寮に戻りなさい。いいね」
「は、い・・」
「良い学園生活を。射手座の新入生」
麗人は星矢の襟の刺繍をちらりと見て、微笑を浮かべて去っていった。
星矢はしばらく呆けていたが、はっと我にかえり、再び芝生の上に倒れこんだ。
「あ、あんなきれいな人がいるのか・・・」
しかし、こんなところで何をしていたのだろうか。今は学園中の人間が、入学式に参加しているはずだ。
「不良なのかな?」
そんな風には見えなかったが。
まあいいか、と星矢は言われたとおり、もうしばらくここで昼寝をすることにした。
(中略 星矢は無事瞬や氷河たちと合流。騎士と賢者の話を聞きます。が、肝心の“同じ星座でないとだめ”という暗黙の掟はまだ知らず)
(夕食は寮ごとですが、この日は講堂に集まり太陽寮も月寮もともに夕食をとります。寮長からの祝辞も。
星矢は昼間見た麗人を発見。月寮の寮長、最上級生のサガと知ります。
しかし月寮の寮長が入学式出てなかったのか?と疑問をもちつつも、星矢は一瞬も入学式見てないのでまあいいかで済ませてしまいます。
そしてサガがまだ騎士を決めていないと聞くや否や、持ち前の行動力でサガの目の前に立ち、自分のペンダントを突き出しこう言います。)
「俺を、あなたの騎士にしてください!」
講堂内は一気に冷笑とざわめきに包まれた。
同じ星座でないと、という暗黙の掟は暗黙どころかもはや常識。制服の襟にはばっちり星座がぬいつけられているので、間違えようがない。
受けてもらえるか否かは別にして、星矢がアタックすべきは太陽寮の寮長、アイオロス。
講堂内はざわめきつつも、しかし冷静だった。月寮の寮長たるサガは良識ある人物。星矢をそれとなく窘め、掟についてそれとなく教えてくれるに違いない。そうすれば星矢は恥をかくだけで済む。なにやってんだ、新入生、と次の瞬間は講堂内が朗らかな笑顔に包まれ、楽しい夕食になるはずだった。
が、その日のサガは少し違っていた。
彼には双子の弟がいた。昼間星矢に会ったのは間違いなくサガ、入学式に出席していたのはカノン、そして今この場にいるのもカノンだった。
カノンは時々、体調を崩すサガの代打をつとめていた。カノンはこの学園の生徒ではない。
そしてカノンはサガとは違い、少し、いやかなり、イタズラ好きな性格をしていた。
「お願いします!」
と頭を下げる星矢に、カノンは他人には気付かれない程度に、にやりと、悪い笑顔を浮かべた。
誰もが断ると信じていた空気を、カノンはやぶってみたくなった。
この少し頭の悪そうなガキを、学園の大イベントのド真ん中に放り込んでやろうか・・・
カノンは完全にサガの笑顔を真似て、胸元からペンダントを取り出した。
「名前は」
「星矢」
「星矢、お前を、私の騎士にしよう。そして私は今から、お前の賢者だ」
射手座のペンダントと、双子座のペンダントが交換される。
次の瞬間沸き起こった講堂内の混乱に、カノンは馬鹿笑いしたくなるのをこらえ、星矢の額にキスをした。
「さあ、星矢、キスを」
星矢は赤くなりながらサガの手をとり、膝をついて手の甲にキスをした。
どきどきと破裂しそうな心臓をおさえ、星矢がふ、とサガの顔を見上げると、サガは星矢の耳元でこう囁いた。
「せいぜい、楽しませてくれよ」
その時星矢が見たサガの表情は、昼間の聖人のような笑顔ではなく、驚くほど下世話な、親近感のある、・・・悪い笑みだった。
(お、おれ、何か、大変な間違いをおかしたような・・・・?)
この一連の騒ぎを見ていた星座の長たちは、驚きと、不審と、面白さと、いろいろな表情をしていた。
「ミロ、サガは一体・・・」
「うらやましいなあ」
「あーあ。あのガキ、どうするつもりだ」
「それよりサガだ。よりにもよって射手座なんて・・・!」
「サガが決めたことなら仕方あるまい・・・」
「あの新入生、何か変えてくれると思いますか」
「さあな・・・しかし兄さんのほうがこれで黙ってるとも思えん」
「はは、面白いなあ、あの坊主」
「騒がしい」
(中略)
「勝手なことをするな、カノン!」
「いいだろう、別に。面白くなりそうじゃないか」
「お前は全く・・・まあいい。ペンダントの交換がなされた以上はあがきようもない。面倒だが・・・」
「結構かわいい顔してたぜ新入生」
(中略 このあとサガは星矢の顔を見て、ああ昼間の・・・と思いいたり、騎士・星矢を受け入れます。意外と思いきるサガ)
(困ったのがアイオロス。射手座の新入生をサガにとられた形になった、というのが表向きの問題ですが、
アイオロス的にいっちばん困るのが、自分がなりたくてもなれないポジション、サガの騎士に、同じ射手座のちびっ子がなったことです。
嫉妬深いアイオロスも結構好きなので、サガの隣にべったりはりつく星矢、しかもサガもまんざらでもなさそうなので、イライラしっぱなし)
かなり冷え込んできた今日この頃
11月8日は蠍座様ミロのお誕生日です。
数日前から太陽寮のミロの部屋にはプレゼントが届き始め、8日の今日はまさにピーク。廊下まであふれんばかりのプレゼントにミロ様ご機嫌です。
太陽寮、蠍座の後輩は今日も届けられたプレゼントをせっせと運びます。
「さすが・・・やはり名門の貴公子さまですもんねえ・・・色んなところから来てますよ。もちろん生徒からのプレゼントも山ほどありますけど」
「いや〜モテる男はつらいね」
「またそんなことを・・・さっきからせっせと差出人チェックしてますけど、まだ中身も見てないじゃないですか」
「よく覚えておくといい。どれだけたくさん貢物をもらったとしても、一番大切な人から貰えなければ何の意味もないと・・・」
「そりゃ贅沢ってもんですよ!」
ミロは自室のソファにどっかりと腰掛け、盛大にため息をついた。
“彼”から貰えるなら、葉っぱ一枚だって大事にするのに。
ネクタイを緩め、シャツを寛げた。
「あれ?」
ほとんどの生徒が首からさげている星座のペンダント。
ミロの胸元にはそれがなかった。
「そういえば・・・ミロ先輩、ペンダントは誰と交換したんです?つけてないみたいですけど・・・」
「んー・・・交換はしてないよ」
「えっ」
「押し付けてきただけ。だから俺は持ってない」
「ええええええ」
それはミロがまだ蠍座の首席になる前、3年生の冬だった。
この頃はまだ学園も、派閥争いや教皇選のいざこざも少なく、たまに違う星座同士のトラブルがある程度だった。
アイオロス、サガの二人も、まだ上級生が2学年いたこともあり、今よりは穏やかな日々を送っていたはずだ。
前の晩から降り積もった雪で、その日も学園全体が冷え切っていた。
昼間は雪で遊ぶ下級生の姿も見えたが、夜にはただ闇と、雪と、耳がきんとするような静寂だけがあった。
ミロがカミュと初めて会ったのは、そんな日の夜だった。
ミロもカミュも、お互いのことは知っていた。蠍座、水瓶座の首席はこの二人で決まりだろうと、既に噂になっていたからだ。
首席候補がある程度絞られてくると、次に起こるのは“騎士争い”だ。
それぞれの星座の“騎士”になることは下級生にとっては名誉なことだし、次期首席候補として注目されるためにも、騎士の地位を望む生徒は多かった。
くだらない制度だ、とミロはいつも思っていた。
しかしそのくだらない制度が、成績だけでは分からぬタレント性を見抜いているのも事実だった。
伝統ある有名校、貴族、金持ち、類まれな技能を持った生徒ばかりの中で、各星座首席や、そして教皇になることは、卒業後の周囲の環境を整えるのにも便利なのだ。
といっても、星座首席になるのは容易ではない。成績がいいだけではだめなのだ。
成績で言うならば、むしろミロは上の中といったところで、上にはまだ優秀な生徒は存在した。
星座首席は狙ってとれるものではない。しかしその騎士は、本人の気持ち一つだ。
次期首席の騎士に————
ミロもカミュも、見ず知らずの下級生たちに追いかけられるはめになった。
太陽寮と月寮の間にある森の中、ミロは一人になるために歩いていた。
寮にいれば、消灯時間を過ぎたにも関わらず後輩が訪ねてくるからだ。
少し静かになったところで、窓から抜けだした。
(冗談じゃない、こんなことに振り回されてたまるか!)
手をこすりながら、ざくざくと新雪の上を歩いていく。吐く息も真っ白だ。
「うー・・・寒ぃ・・・」
森は暗い。寮からもれる僅かな明かりと、月の光だけが頼りだ。
(静かだ・・・)
自分が歩く音以外は聞こえない。無音が耳をふさいでくる。
どこまで行こうか、もう少し歩いてみるか、と少し速度をおとして歩いていると、自分の足音ではない音が聞こえてきた。
(誰かいる・・・?)
消灯時間はとうに過ぎている。下級生ならばかわせるが、上級生にからまれるのは厄介だ。
ミロはなるべく音をたてず、その正体を探るべく木々に隠れながら近づいた。
姿を確認しようと闇の中目をこらすと、草影に隠れるようにしてしゃがみこむ鮮やかな赤い髪が見えた。
(何してんだろ)
もう少し近づこうとした瞬間、赤い髪の少年はふいにすくりと立ちあがった。
「わっ」
「え?」
夜の闇の中に、燃えるような瞳の色をした少年とはっきりと目が合った。
年は同じくらい、背の高さもそう変わらない。しかしそうそう見かけない美しい赤毛に、ミロは思わず魅入ってしまった。
「誰だ」
「3年の・・・ミロ。蠍座だ」
「蠍座の・・・そうか、君が蠍座の首席の・・」
「まだ候補だって。・・・こんなとこで何してんの」
「・・言いたくない」
少年がふいと目をそらしたので、ミロは思わず顔がにやけてしまった。
(結構かわいいな)
上から下までじろじろと見ていると、白い手の指先が真っ赤になっているのに目がとまった。
「あ、なんだよお前、手真っ赤じゃないか!」
「えっ」
ミロはずかずかと近付くと、少年の手をとりぎゅっと握った。
「お前、水瓶座か」
「お前、じゃない。私はカミュ。同学年だ!」
むっとしながらも、相当に指先が冷えているせいかおとなしく手を握られている。
「カミュ・・・水瓶座のカミュ、同じ首席候補の!」
「君はこんなところで何を?」
「・・・ひとりになりたくて」
ミロの渋い表情で、カミュはミロがどういう状況にあるのか想像がついた。恐らく、自分と同じだと。
「私も」
思いがけずやわらかい表情を浮かべたカミュに、ミロは喜びが湧きあがってくるのを感じた。
同じ境遇に悩む首席候補とこんなところで出会えるとは思ってもみなかったのだ。
ミロの予想を裏切る整った容姿と、理知的で、優しげな声。ミロはこの出会いに感謝した。
「それで?しゃがみこんで何してたんだ?」
「・・・埋めていたんだ」
「何を」
「ペンダントを」
これにはミロも絶句した。確かに、騎士を選んだ場合は騎士とペンダントを交換しなければならない。隠してしまえば無理やり押し切られることもないが、まさか埋めてしまうとは。さすがのミロも、ペンダントは肌身離さず身につけていたのだ。
「い、意外と大胆なんだな・・・」
カミュの足元を見ると、土まじりの雪が少し山になっていた。手も冷えるはずだ。
「こんな雪の日にやることもないだろ」
ミロはカミュの手をぎゅっと握りなおした。
カミュはようやく自分が男にずっと手を握られていたことに思い至ったらしく、手を引こうとしたがミロはそのまま強く握っていた。
「こんな雪の日じゃなきゃ、誰かに見つかってしまうかもしれない」
「俺に見つかった!」
「君は・・・同じ首席候補で・・・君だって苦労してるんじゃないのか?だからわざわざ“こんな雪の日”に出てきたんだろう?」
「まあ、それはそうなんだけど」
ミロはカミュの赤い指先をじっと見つめた。白くて細いきれいな指だ。ミロは自分でもやんちゃな部分は自覚していたし、実際彼の指はすこしかさついて、細かい傷も耐えない。
「・・・君の手はずいぶん、あたたかいんだな」
「手の温度が高いのは自慢なんだ」
ミロが幼い少年のように笑うと、つられてカミュも少しあきれたような微笑を浮かべた。
二人とも肩にも髪にも雪が降り積もって、体は冷え切っているはずなのに、寒さなど気にならないくらいお互いに共感しあっていた。
蠍座の首席候補などと呼ばれ、日々学園への恨みつらみは尽きなかったのだが、このときばかりは自分が首席候補でよかったと感じた。
「そうだ」
ミロはカミュの手をいったん放し、自分の胸元をごそごそとさぐった。
カミュがおとなしく様子をうかがっていると、ミロはカミュの手をもう一度つかみ、手の平を開かせた。
しゃり、と鎖のこすれる音とともに、カミュの手のひらに冷たい感触が広がった。
「これは・・・」
「それ、カミュが持っていてくれ」
ミロはカミュがつきかえそうとするのを拒むように、カミュにそれをぎゅっと握らせた。
「何を言っているんだ、蠍座首席のペンダントだぞ・・・!」
カミュは当惑した。ペンダントを渡す、ということは、ほとんど賢者と騎士の契約を交わしたも同然だ。
カミュですら誰かと交換してしまうことはせず、こうして隠したというのに。
「カミュが持っていたほうが安全だろ。いくら俺をおっかけまわしても俺はペンダントを持ってない。まさか違う星座の、それもガードのかたそうな首席が持ってるなんて誰も思わないし」
「そんな・・・君は誰も騎士にする気がないのか?」
「カミュに持っていてほしい。同じ星座だったら、絶対にカミュを騎士にしたかったのに」
「会って間もない私をそんなに信用してしまっていいのか」
「カミュだって俺に隠し場所をあっさり教えただろ!それに、こういうのって、直感が大事なんじゃないか?俺は今日カミュに初めて会って、カミュにこれを持っててほしいと思ったんだ。騎士と賢者ってわけにはいかないし、俺がカミュのペンダントをもらうわけにもいかないけど・・・でも俺はそれをカミュに、持っていてほしい」
「ミロ・・・」
カミュは躊躇するような表情を見せたが、やがて蠍座のペンダントを首にした。
「カミュ・・・!」
「私が君のペンダントを持っていることがわかったら、おおごとだな」
「俺はべつにかまわないけどな」
「君は・・・!手元に持っていないんだから・・・」
「この学園じゃ賢者と騎士の契約は結構大変なことなんだろ?俺の心はカミュに預けたも同然だ。もう卒業まで騎士は決めない。それに、カミュは結構したたかそうだし、隠し通す自信はあるんだろ?」
カミュは苦笑したが、何も答えなかった。ミロはそれをイエスととらえて、満足そうな笑みを浮かべた。
「カミュはこんなとこに隠して、誰か騎士にしたいやつっていないわけ?」
「・・・まだ入学していないんだ」
「あー・・・そういうこと」
ミロは心の中でほんの少し落胆した。カミュにはすでに、想う人間がいるということだ。
「・・・カミュは月寮・・・?」
「そう。ミロは太陽寮だな」
「あんまり会えないな」
「そんなに会う気でいたのか?」
「カミュって結構意地悪だな・・・」
二人は互いに手を握り合い、ほんの少し離れ難さを感じながら、そっと手を離した。
「じゃあ、また」
「ああ」
ミロはその晩、高揚してなかなか寝付けなかった。あまり自覚はなかったが、このとき確かにミロはカミュに惹かれてしまったのだ。
「懐かしいなあ」
「で、誰に渡したんですペンダント!」
「言うわけないだろー?それに俺、騎士は決めるつもりないから」
「はーほんとに自由人ですね先輩は!」
「そうそう。俺は自由な旅人なの」
ミロは適当なことを言うと、あとはよろしく、と言い残しどこへともなく歩きだした。
太陽寮と月寮の間の森の、太陽寮にほど近いところを、カミュはどうしたものかとうろうろしていた。
カミュは水瓶座の首席でもあり、月寮のサガとも仲が良い。太陽寮に堂々と入れるはずもなく、なんとか呼びだすことはできないかと考えあぐねていた。
「・・・先に連絡をとっておくべきだったな」
今日はあきらめて戻ろうかと、ちらと太陽寮のほうを見やると、今あまり会いたくない人物と目があってしまった。
「・・・こんなところまでお出ましか、カミュ」
「アイオロス・・・」
太陽寮、射手座首席のアイオロス。彼とサガは一色触発の状態のはずだ。カミュはアイオロスのことも尊敬はしていたが、どうにも読めないところが少し苦手だった。
「そうか、今日はミロの誕生日だったな・・・待ってたぞ、あいつ」
「そうですか」
「相変わらずだなお前も・・・ミロにはやさしくしてやってるのか?」
「ミロのことは、関係ないでしょう」
カミュが少し顔を紅潮させて言うと、アイオロスは人の悪い笑みを浮かべた。
「首からそんなものさげといて、よく言う」
「!」
はは、と笑ってアイオロスはカミュの胸元を指差した。
カミュは何と答えたものかと考えていると、アイオロスは苦笑した。
「俺はそんなに悪人かなあ・・・。心配するな。ペンダントの交換なんて、好きにやればいいさ」
「・・・嫉妬ですか」
「痛いところを突くな。・・・言っただろ、好きにやればいいって」
アイオロスは少し肩をすくめると、ほんの一瞬寂しそうな表情を浮かべた。
(この人・・・まさか)
教皇候補のアイオロスは1年生の射手座の少年をサガに“奪われて”ご立腹だ、という話は学園中でされていたのだが、
アイオロスが気にしているのは射手座の少年ではなく、
(サガの首に自分のものでない射手座のペンダントがさがっているのが気に入らないのか・・・)
アイオロスとサガの、対立というにはどこか互いに秘めごとがありそうな空気はカミュも察していたのだが、まさかここまで複雑な感情があるとは思っていなかった。
(私と・・・ミロ以上に、この人たちは苦しんでいるのか・・・?)
カミュがじっとアイオロスを窺うと、アイオロスは大きな手をカミュに伸ばし、ぐしゃぐしゃと髪の毛をかきまぜた。
「余計なことは考えるな。ミロに会いにきたんだろ」
「は、はあ・・・」
アイオロスは明るい笑顔を向けると、がんばれよ、と言い残し踵を返した。
(サガはなぜ射手座の少年のペンダントを受け取ったんだ?騎士を選ばない選択もできたはずなのに・・・)
元凶はサガの双子の弟にあるのだが、そうとは知らぬカミュはほんの少しアイオロスを不憫に思った。
射手座の生徒と双子座の生徒は仲が悪い。本人たちは互いの陣営でまつりあげられているに過ぎないのかもしれない。
カミュがぼんやりと考えていると、遠くに見慣れた金色の髪がちらりと現れた。
今は寮のことも、星座のことも忘れ、彼を祝うためにカミュは走り出した。
休日、曇天。
今にも降り出しそうな暗い空の下を、射手座首席でありソルの主であり下級生の太陽とも言われるアイオロスは、空と同じく暗い顔で歩いていた。
日々教皇の座をめぐって起こる小競り合いに、アイオロスは辟易していた。
決めるのは理事長であり、アイオロスでありサガである。
望みもしないものを押し付けられ、望む者には避けられ、このところアイオロスの憂鬱の種は増えるばかりだった。
かつてのアイオロスは、そう、何も考えていなかった。
ただ同級生のサガの美しさをこっそりと愛で、想いが通じたと思いきや妙な派閥争いのネタにされ、考えなくてもよいことを考えさせられるはめになった。
“屈託のない笑顔はお前の代えがたい長所だな”
いつだったかサガに言われた一言が、今は遠い。アイオロスは眉間を揉んだ。
(いかん・・・最近気がつくと力が入っているな・・・)
争う気もないのにサガと争うことになり、なかなか接触を図れないばかりか、妙な新入生がサガの騎士になってしまった。
それも自分と同じ射手座の少年が。
(ずるいよなあ・・・まさか射手座の新入生がサガに・・・誰も騎士に選ばないでいたから油断した・・・サガが受け入れるなら俺が)
サガの騎士に
アイオロスとサガが出会ったのは入学式の日だ。
サガはその日すでに有名人で、周囲には多くのとりまきがいた。
なんでも家柄も申し分のない王侯貴族のような少年だとかで、下心のある連中は入学前からサガをマークしていたらしい。
しかも、あのころのサガはアイオロスも直視できないような恐ろしい魅力があった。
まだ成長期の細い肢体と、美しく磨かれた肌、深く澄んだ湖のような瞳、月夜のように輝く髪————アイオロスが似つかわしくない詩的な表現をいくつも思い浮かべたほどだ。少女とも少年ともつかぬ姿に新入生たちはサガを神聖視した。もちろんアイオロスもその一人だった。
サガは周囲には全く興味がないようで、同級生とも大して話さず、どこか冷たい目をしてするりとかわしていた。
その少しツンとしたところがまた、アイオロスを魅了した。
「サガはルナに決まったらしい。さながら月の女神だな」
寮の振り分けが決まったとき、サガはどことなく落ち込んだ様子だった。
月の女神とからかわれたことを気にしていたのだろうかと当時は考えたが、今思えばなんてことはない、サガは太陽寮の寮長を狙っていたのだ。寮の変更は基本的には行われない。サガは入学したときから教皇の座を狙っていた。一般的に太陽寮のほうが有利とされているため、サガは出遅れたと思ったのだろう。
家柄も容姿も、成績も、何もかも非の打ちどころがない。人気もある。
月の女神ともてはやされたサガが教皇になればさぞや、とアイオロスは思った。
自分が月寮でないことを残念に思ったほどだ。
(あのころのサガは、本当に・・・)
入学式の日の夜、アイオロスは太陽寮を抜け出した。
特に理由はない。ただ昼間の余韻もあり、寝付けなかったのだ。
太陽寮と月寮の間の森をただぶらぶらと歩いていると、ほんの少し開けたところに出た。
あの時の光景をアイオロスは生涯忘れられないだろう。
夜の月の光が静かに差し込む木々の切れ間に、光を静かに受けて今にも消えそうなサガがいた。
『月の・・・・女神・・・』
アイオロスは自分でも恐ろしいほど自然に、そう口にした。
胸のあたりまで伸ばした美しい蒼銀の、少し癖のある髪の毛がきらきらと輝いていた。
月夜の下のサガの肌は幽鬼のように白く、ぞっとした。
まさしく人ならざる者の美しさだった。
アイオロスがハッとしてサガの表情を見ると、サガのほうは———えらく嫌そうな顔をしていた。
『何が女神だ。私は男だぞ』
『知ってる・・・ただ、きれいだ』
『・・・こんなところで何をしているんだ』
サガは不機嫌なままアイオロスに聞いた。その顔はもう、妖のような顔ではなく、年相応の少年の表情だった。
『眠れなかったから外に出たら君がいた。運命的だな』
『見かけによらず叙情的なことを言うんだな』
『君のことを考えてるとそうなるらしい・・・不思議なことに』
その言葉にサガは益々むっとした顔をした。
『・・・太陽寮なのか』
『え?ああ。サガは月寮だよな』
『名前は』
『アイオロス。射手座だ』
『射手座・・・アイオロス・・・』
『サガは?』
『私は双子座だ』
『じゃあサガのほうが先に年上になるな』
『だからどうした』
『騎士に、なれるなと思って』
騎士、という言葉に、サガは少し驚いた顔をした。
そして小さく笑った。アイオロスはどきりとした。
『双子座の騎士にはなれないよ』
(あのときの言葉は何だったんだ、サガ!)
アイオロスは思い出しながら苛々としてきた。あの日の出会いの後、アイオロスもすぐに頭角を現し、度々サガと顔を合わせることになった。
サガはふとした拍子にどこか憂いをはらんだ表情をしていたが、そのほかはいたって優しく、穏やかだった。
サガはアイオロスが権力にも名声にも興味がないとわかると、だんだんと心を許してくれたようだった。二人は徐々に親密になっていった。
(あの夏・・・一度きりだ)
アイオロスはサガと、一度だけ体を合わせたことがあった。
一年ほど前の、今日のような曇り空だった。
しかしあのころ二人はすでに、お互いが教皇の座を競い合うことになると、理解していた。すっかり大人びた表情をするようになったサガは、美しさも冴えわたっていたが、それ以上に憂いを帯びていた。
『アイオロス・・・私は教皇にならなければならない。お前と争うことになるだろう』
沈痛な面持ちで、サガはアイオロスにそう告げた。
(全く太陽寮の長だなどと・・・迷惑なことだ)
アイオロスはため息をついた。そして再び、後悔した。やはりサガの常識に固まった意見など無視して、自分がサガの騎士になればよかったのだ。
学園内の憂鬱の種を排除して、悪意ある者を寄せ付けず、サガの傍で、ただサガのためにいられたら。
アイオロスは、その座を奪っていった星矢がひどく妬ましかった。
「おう、アイオロスじゃないか」
突然背後から声をかけられ、アイオロスは立ち止った。
「ああ・・・あなたは・・・」
背後に立っていたのは、やたらたくさんの本を抱えたアイオロスよりも少し小柄な男だった。
「久しいの〜。サガは息災か」
「俺に聞かないでくれ。会えないの知ってるだろう、童虎」
童虎、という青年は大きな声で笑った。実際のところアイオロスも年齢は知らない。ずいぶん年上ということは確かなのだが。学園の近くの古書店の店主だ。
童虎は天秤座の首席が空位である原因を作った男だ。
「童虎は確か、教皇にも騎士にも賢者にもならなかったんだよな」
「ん?まあなぁ。面倒だからの」
「・・・何で」
少し翳ったアイオロスの表情を見て、童虎はニヤニヤと笑った。
「いらないものは捨ててしまえばよい。ロスよ、あまりくだらんことで悩むな」
「くだらなくない・・・」
「一番くだらないと思ってるのはお前だろう」
「・・・」
童虎は苦笑した。童虎もかつて、欲しいものが遠すぎて、身軽になるために多くを捨てた。天秤座の首席もそのひとつだった。
「サガは脆い。お前までそう暗い顔をしておったらサガは何を標にすればいいのかわからなくなるぞ」
「え?」
「じゃあ、元気でやれよ!」
アイオロスが聞き返す間もなく、童虎はさっさと歩いていってしまった。
両手に背中に、大量の本を背負っても歩く速度は落ちない。
「・・・妖怪か」
妖怪といえば、理事長室にも妖怪と名高い人物がいた。童虎と関係があるかどうかはわからないが。
ぽつり、とアイオロスの頬に水滴が落ちた。
「雨か・・・」
珍しく蒸した、夏の夜。雨音がうるさく響いていた。寝台に広がるサガの綺麗な髪と、肌の熱と————
サガに会いたい。
会いたいなら、会いに行けばいい。あのころの自分なら、サガの騎士になれると信じて疑わなかった自分なら、すぐにそうしただろう。
自分たちは一体何に隔てられているのだろうか。ただ、サガを好きでいたいだけのはずが、自分は随分裏腹なことばかりしている。
自分が教皇候補であり続ける限り、サガは心を許さないだろう。
アイオロスは降り出した雨が石畳を黒く濡らしていくのを、自分が濡れるのもかまわず、ただ眺めていた。
アイオロスと最近顔を合わせていない気がする。
サガはアイオロスを好いていた。おそらくアイオロスが思っている以上に、サガはアイオロスに惹かれている。
でなければサガが体を許すなどありえないのだが、そこに今一つ思い至らないアイオロスは会えないストレスも相まってサガからの好意を忘れがちである。
月寮内で独りになれる場所は限られている。サガは四六時中誰かにつきまとわれ、賛辞と野次を飛ばされ、こわばった身体を引きずって寮長室へ向かった。
「・・・鍵がかかっていたはずなのだが」
「ああ、お疲れ、サガ」
鍵を開け中に入ると、そこには既に後輩3人の姿があった。
蟹座首席デスマスク、山羊座首席シュラ、魚座首席のアフロディーテである。
この3人はうまく猫をかぶり首席に選ばれた。成績では何の問題もないが、その頭脳を悪だくみに使うことにも非常に長けていた。
寮長室には机、ローテーブル、対面のソファに簡単な台所までついている。
最上級生は個室があてがわれるのだが、その部屋よりも随分広い。
何かとたむろするのに使われるようになり、寮長以外使用できないようにしたそうだ。
アフロディーテは優美にソファに腰掛け、紅茶を楽しんでいる。
テーブルにはティーセットと、似つかわしくない酒瓶と、チェス盤が置いてあった。
随分前からここにいるらしい。
「今日はあのチビは一緒じゃねえのか」
「星矢のことか?今日は同級生と一緒だ・・・それに、ここには入れるつもりはないよ」
「なぜ」
「悪い先輩がいるからな」
サガは苦笑した。この3人には随分悪い言葉を引き出させる能力でもあるようだ。サガがいま素直に話せる唯一といっていい後輩であった。
「余計なプレッシャーを与えたくない・・・彼は非常に素直ないい子だよ・・・お前たちにそそのかされたら大変だ」
「ひどい言い様だ」
アフロディーテがにやりと笑いながらティーカップを置いた。
「サガ、疲れてるんだろう。紅茶を淹れよう。横になったら?そこの下僕二人がマッサージでもしてくれるんじゃないか」
「アフロディーテ・・・!」
「おう、シュラも張り切ってるしな」
シュラの片恋相手を知っているのもこの二人だけである。
「そうか?なら頼もうか」
サガは口では冗談を言いつつも、実際疲れがたまっているのは事実だった。表情も暗い。アフロディーテのいれる紅茶の豊かな香りがサガの表情を少し和らげた。
「で、最近どうなんだ。太陽寮の寮長様とは」
「・・・どうも何も・・・校内の情勢ならお前たちのほうが詳しいだろ」
サガはソファに深く腰掛け、溜息をついた。
アフロディーテはサガの横に座り、サガの髪を梳いている。美しいものに目がないアフロディーテはサガの髪をいじるのもサガの顔を触るのもサガの服を選ぶのも好きだった。
「そうじゃねえよ。アイオロスとは会ってんのかって聞いてんだ」
「アイオロスとは・・・話もしていない・・・」
「それで元気がないのか?」
「そんなことはない」
最近はもう、遠くから姿を確認するだけになってしまった。
そういえば、彼が屈託なく笑う姿も見ていない気がする。その笑顔を失わせる原因が自分にあると思うと、サガは胸が詰まるような思いがする。
「あなたたちは・・・ちゃんと会って話したほうがいい気がするのだが」
「そうそう。シュラの言うとおりだよ。アイオロスが馬鹿みたいに笑ってられるようじゃないと、サガも落ち着かないだろう」
「アイオロスが笑わないのは私のせいだろう」
「まあそれもあるけど。サガが考えてるのとは違う。彼は教皇位には興味がないよ。持ち上げられて引けなくなってるだけだ」
「それでも・・・対立候補は・・・私だ」
「だからだよ」
サガは答えず、紅茶の味を楽しんだ。少し蜂蜜が入っているらしい。温かい甘さがじんわりとしみた。
「面倒なことを考え過ぎだ、あんたは」
なんかアレして・・・ロスがサガの首にかかってる星矢のペンダントを見つけてキレた とかそういう
階段の踊り場とか その辺
「やめ・・・」
アイオロスは構わず、サガのタイを引き抜き、シャツの襟を無理やりに開いた。
軽く金属が擦れる音に、アイオロスは更に頭に血が上った。
サガの胸には金の射手座のペンダントがあった。
(こんなもの・・・!)
乱暴にそのモチーフを掴み、サガが痛がるのも無視してアイオロスは細い鎖を引きちぎった。
「やめろアイオロス!」
「どうして星矢を騎士にした!今まで双子座からは選ばなかったくせに・・・なぜ今さら・・・なぜ射手座なんだ!」
「それは・・・」
カノンがやった、とはアイオロスにも言えない。そしてカノンのいたずらを受け入れたのもサガ自身だ。
「あの時・・・サガは俺を受け入れてくれた。それは俺の勘違いだったのか・・・?」
「違う・・・私は、お前を」
「ならどうしてだ・・・なぜ俺じゃない。俺はずっとサガの騎士になりたかった!俺以外の誰かがこんな鎖でサガを縛るのは許せない」
「ロ・・ス・・・」
アイオロスがこんなにも心情を吐露するのは初めてだった。
星矢を騎士にしたことを、アイオロスが怒っているのは知っていたが、サガの考えていた理由ではなかった。
(叶うなら・・・お前を騎士に・・・!しかし私は星矢の賢者として、星矢を失うわけにはいかない!)
「返して・・・くれ・・・・」
「!」
サガは震える手で固く握られたアイオロスの手に触れた。
「サガ・・・そんなにあいつを・・・」
「返してくれ・・・ロス・・・!」
サガの冷たい手と、暗い顔にアイオロスは表情を更に険しくした。
(追い詰めるために・・・呼んだわけではない・・・!)
アイオロスはサガの手を掴むと、強く抱きよせ、無理やりに口付けた。
「!」
サガは思わずアイオロスを思い切り突き飛ばした。
「ロス・・・」
「・・・これは返さない・・・返したくない。俺の意地だ」
「ロス!駄目だ・・・それは・・・・」
「サガ!」
サガが手を伸ばした瞬間、階段の下から声をかけられ、二人ははっと階下を見た。
「星矢・・・!」
星矢は駆けあがり、アイオロスとサガの間に割り込んだ。
「太陽寮の寮長の・・・アイオロスか?」
「お前は・・・」
星矢はサガを庇うように手で押しとどめ、アイオロスの目をまっすぐに見つめた。
「俺はサガの騎士の星矢だ!サガへの乱暴は許さない!」
「はは・・・勇ましい騎士だな、サガ・・・」
アイオロスは自嘲すると、よろよろと後ずさった。随分と年下の星矢のまっすぐな瞳に、思わず怯んだ。
(こいつは懸命にサガの騎士であろうとしているのに・・・)
星矢は必死だった。この二人に、人に言えない秘密があるのは知っていた。
二人の仲には入っていけないと知りつつも、星矢はサガに惹かれてしまった。
サガはきっと自分を求めてはくれないだろう。
だから星矢は、サガの騎士でいるしかない。自分はアイオロスにはなれない。
サガの求める人にはなれない。サガの傍にいるときにしか、サガの世界には入れないのだ。
離れていてもサガの心を離さないアイオロスが、憎らしかった。
星矢はアイオロスの手にきらりと光るものを見つけて、目を見開いた。
「それ・・・!」
「お前のだよ・・・俺は嫉妬深くてな。サガの首に・・俺以外の射手座の象徴なんて・・・」
「なら・・・それはあんたに・・・あなたに、あげます。捨ててくれたっていい」
「星矢・・?」
「そんなものがなくたって、俺はサガの騎士だ!」
サガがこの額に口付けてくれた瞬間から、自分がサガの手をとり誓ったときから、星矢はサガのたった一人の騎士だ。
アイオロスは星矢の言葉に、強いショックを受けた。
自分にできないことを必死に果たそうとする星矢が、ひどく羨ましかった。
サガの部屋に入るのは初めてだった。
涙こそ見せないものの、落ち込みきっているサガをベッドに腰掛けさせた。
ボタンがいくつかとんでいたシャツを肩のあたりまで下ろし、サガの髪をそっとまとめた。
触れたいと思っていたサガの髪、肌に触れていると思うと、星矢の指が震えた。
アイオロスがペンダントをひきちぎったときに、サガの首に赤い線をつくっていた。
ところどころ血が滲んでいるのを確認すると、星矢は持ってきた消毒液をティッシュにしみこませ、そっとうなじに触れた。
少ししみるのか、最初ぴくりと反応したが、何も言わず星矢に任せた。
一通り消毒を終え、星矢はボタンのとまらないシャツを襟元で合わせた。
「あの・・・サガ・・・」
「すまない」
「え?」
「ペンダント・・・」
「ああ・・・・いいんだ。ほんとはあれがないと、サガの騎士って証拠なくなっちゃうけど・・・それでも俺は、サガが許してくれる限りサガの騎士だよ」
星矢は膝をつき、サガの顔を見上げた。
「俺はサガの騎士でいていいの?」
サガは少し悲しげに微笑むと、手を伸ばし星矢をそっと抱きしめた。
「サ・・・ガ・・・」
「騎士の証なら、お前の胸にあるだろう」
「あ・・・双子座の・・・」
「お前は私の騎士だ。私は守られてばかりで・・・お前に何もしてやれないな」
星矢は心臓がどきどきと煩く鳴るのを自覚した。
(サガの・・・心臓の音まで聞こえそうだ・・・)
「お、俺はいいんだ・・・サガの傍にいられれば・・・」
「ありがとう」
星矢は、そっと背に手を伸ばした。
サガの表情は見えなかったが、少し泣いているようだった。
「機嫌最悪だな」
「デスマスクか・・・お前、月寮だろ」
「俺に入れないとこはない」
「そりゃ、サガは随分いい後輩をもったな」
太陽寮の寮長室のソファに、アイオロスは寝そべっていた。
床にはごろごろと酒瓶が転がっている。デスマスクたちでもここまで荒らすことは少ない。
アイオロスが手の平でペンダントをもてあそんでいるのを見てデスマスクはにやりと笑った。
「なんだ、ついにサガの騎士志願か?」
「ハッ・・・よく見ろ」
アイオロスはぐいとシャツの襟を開いた、そこには、アイオロスのペンダントが下がっている。
「もしかして・・・サガから?」
「無理やりな・・・引きちぎった」
「げ」
デスマスクは修羅場を思い浮かべ顔を顰めた。
(いつの間にそんなことに・・・)
「そうしたらナイトのお出ましだよ。そんなものがなくても俺はサガの騎士だと・・・」
「星矢が!?」
(太陽寮寮長にずいぶんな度胸だなあオイ!)
「サガはもう俺に歩み寄ってはくれないだろう。サガが教皇になれば星矢がずっと傍に居続ける。サガが卒業しても星矢はずっと、サガの騎士としてこの学園に残る。・・・俺はそれを許したくない。ガキくさいがな」
「それでどうするつもりなんだ?」
「俺が・・・教皇になる」
「は!?」
「そして全て終わらせる。くだらない争いは今後起こさせない」
(この人もややこしいこと考えるなあ・・・)
「あんたがサガとうまくいきゃあ、すべてうまくいく気がするんだがなあ」
「俺とサガが?聞いただろ・・・もう無理だよ。俺は・・・」
アイオロスは手のひらのペンダントを、デスマスクに投げた。
デスマスクは、今まで寮長同士がさして本気ではなかった教皇争いが、これからついに当人同士の争いになると知り溜息をついた。
これまでは当人たちの“熱狂的ファン”の小競り合いにすぎなかったが、あの二人が本気で競うとなれば話は違う。
サガはもとより本気で教皇の座を狙っている。アイオロスが本気と知れば、サガも今までのように後輩を宥めてばかりもいないだろう。
「あーあ。めんどくせえなあ」
デスマスクはポケットの中のペンダントをどうしたものか、報告がてらあの二人に聞いてみることにした。
アイオロスに呼び出されたアフロディーテは、どうしたって目立つ容貌に気を使いながらアイオロスの私室に向かった。
用は分かっているのだ。もう何度めだろうか。いい加減自分をこき使うのはやめてほしいと思っているのだが、サガのためならば仕方無い。
「ああ、悪いな」
「そう思うなら自分で渡したらどうです」
アイオロスの部屋に入ると、机の上にきれいにラッピングされた箱が置いてあった。
装飾品か、茶器か何かか。
まあサガが好みそうなところではあるが、開封するかはわからない。
「あなたからだって知れば必ず開けますよ」
「それは駄目だ」
アフロディーテはここ何年も、サガの誕生日に他のプレゼントにアイオロスからのプレゼントを紛れ込ませていた。
月寮寮長ともなれば誕生日の贈り物はかなりの数に上る。年下の首席の生徒たちの比ではない。単純にサガ信奉者からのものもあれば、教皇争いの利権に絡んだ物も多い。そしてそうした者からのプレゼントには、たいていメッセージカードとともに名前が書いてある。
サガは後の繋がりも考えて誰から、何を贈られたかは大抵把握している。たまに卑猥なプレゼントも届くが、その場合はサガが無言でゴミ箱に捨てる。
そうしたプレゼントたちの中にも、誰からか分からぬ物もちらほら混ざっている。
しかしサガは記名されたプレゼントを開けていくのに精いっぱいで、誰のものか分からぬプレゼントには手をつけぬこともある。
身元が知れぬ送り主の荷物を、おいそれと開けるなというカノンの諫言からだ。
実際、サガは双子座首席になったばかりのころ、妬んだ学生からのプレゼントで怪我をしたことがある。
サガはさして気にはしなかったが、その後送り主はなんらかの事情で学園を去った。(サガやアイオロス、アフロディーテたちは知る由もないが、怒り狂ったカノンに大変な目にあわされたのだ)
アイオロスもそれを知っている。自分からだと書こうと書くまいと、どっちにしろ開かれはしないだろうとも思っている。
それでもほかのプレゼントに紛れ込ませるという姑息なマネをしてでも、形だけでもサガの誕生日を祝いたかったのだ。
アフロディーテが毎年見ている感じでは、アイオロスはサガのために、サガが好みそうなものを真剣に探して贈っている。
だがサガが紛れ込ませたアイオロスのプレゼントを開けたことはまだない。
恐らくまとめて実家に送られているはずだ。
寮には必要なものはすべて揃っているから、開封したものもしていないものも、ほとんどはそのまま実家に送られてしまう。
「悪いが、あなたの苦労は無駄だといつも思いますね。素直に直接祝ってあげればいいのに。あなたたち結構秘密の逢引場所とか持ってたでしょう」
「今はもう無理だ。サガだって星矢を選んだ。互いの答えは見えている・・・」
「星矢を選んだのは騎士にでしょう、恋人じゃない」
「・・・」
アフロディーテはアイオロスのサガへの欲求を垣間見た気がした。
(この人・・・サガを守る“騎士”になりたかったのか?)
「まったくあなたもとんだサガ信奉者だな。サガだって人間なんだから、いくら対立候補といっても恋人からの愛なら喜んで受け取りますよ」
アイオロスは何も言わなかった。
二人がすれ違う事情はよく知らないが、あまり突くのもかわいそうかとアフロディーテは荷物を持った。
「それじゃあ」
「ああ、頼む」
「サガ」
「ああ、アフロディーテ・・・」
寮長に宛がわれる部屋に入ったアフロディーテは思わず口笛を吹いた。
「今年も凄い数だな。サガをミューズとばかりに崇める信者からの貢物が」
「そういう言い方はよくないな」
「私も今一つ預かったんだ」
サガの机の上にとん、と置くと、サガは誰からだ、と疲れたように聞いた。
「さあ。管理人殿から預かっただけだから」
サガはきっと、すぐ脇に積まれた箱の山に置くだろう。そして、そのまままとめて実家送りだ。
(自己満足にもならないんじゃないのか?アイオロス・・・)
サガは読み通り箱を手にし、脇に置こうとしたが、ふと手を止めた。
「どうかした」
「いや・・・昨年も、貰ったような気がして」
「隣町の百貨店のものでしょう?そういうのは多いんじゃない」
「そうだな」
サガはふむ、と少し眺めて、予想に反して包みを丁寧に開けはじめた。
アフロディーテは驚いた。これはかなり珍しい。
現れた箱のふたを開けると、白く美しいティーセットが入っていた。
ティーカップの内側と、ソーサーにブルーの花の模様の描かれた、シンプルなものだった。
(サガ宛てにしては地味だな。さすがアイオロス。サガの好みはお見通しか・・・)
サガはその容姿佇まいの美しさから、豪奢なプレゼントを贈られることのほうが多い。同じティーカップにしても、美しいブルーに、細かな金の模様や美しい細工が施されたもののほうが多い。たしかにそうした王室御用達の品などをサガが持つ姿は美しい。
だがサガはもともと、装飾のないシンプルなものを好む。
形が美しく、華美になりすぎない程度に描かれた美しい花、何より白のシンプルな外見が気に入ったのだろう。
サガは丁寧に取り出すと、アフロディーテの顔を見上げた。
「この送り主とは趣味が合うようだ」
ふわりとほほ笑む姿に、アフロディーテは真実を告げてしまいたくなった。
サガにも、アイオロスにも。
「さて、お茶にしようか、アフロディーテ」
「そうだね。デスマスクなんかに飲ませるにはもったいない葉があるんだ。取ってくるよ」
「ありがとう」
一度サガの部屋を後にしたアフロディーテは、深くため息をついた。
アイオロスに報告したらどんな顔をするだろうか。
サガに、これはアイオロスからだと告げたら———
「いや、やめだやめだ。私が足掻いたところで、結局は当人同士の問題だ」
アフロディーテはサガお気に入りのティーカップに見合う茶葉を取るべく廊下を歩きだした。
「・・・・冷えるな」
日誌をつけていたペンを一度置き、サガは白く冷え切った手を擦り合せた。
月寮の寮長室で、サガはこの日も日誌をつけていた。
冬休みに入り、クリスマスから年明けまで帰省する生徒も多い。
一方で、サガのように実家には戻らぬ生徒も少なからずいる。普段よりも静かな寮内ではあったが、今日は朝から少し様子が違っていた。
月寮の暖房が故障してしまったのだ。
学園はもちろん、生活の場である太陽寮、月寮とも、冷暖房は完備されている。
ラウンジや寮長室にはいつ使われたかも定かではない古びた暖炉が残ってはいるが、
ほとんどインテリアの一部と化してしまっており、サガもそれを使ったことはない。
冬になれば雪もちらつくこの地域。暖房の無い寮内は冷え切っており、生徒たちは外と変わらぬ装備で過ごしていた。
「まさか大晦日にこんなことになるとは・・・」
サガはため息をついた。どこの業者も年末年始は休業だ。
寮生たちには年始まで我慢してもらうしかない。
すっかり陽は落ち、寮生たちは各々部屋で酒でも飲んでいるだろう。
普段は目を光らせているサガではあったが、こうも寒いと仕方がない。
何よりサガ自身が寒さには滅法弱かった。
今も指先だけではなく、靴下を二枚重ねた足先まで冷え切っている。
普段は冷静な表情をほとんど崩さぬサガではあったが、今日の寒さは堪える。
広い寮長室は冷え切り、室内だというのに息が白くなった。
「・・・何か淹れるか」
寮長室にはアフロディーテ愛用のティーセットが置いてある。
サガは立ち上がり湯を沸かした。
「は?壊れた?」
適当に日誌をつけていたアイオロスは、蠍座首席の言葉に思わず顔を上げた。
「ああ。さっき月寮のやつに聞いたんだけどな、月寮の暖房全滅らしい」
「全滅って・・・直らないのか」
「業者もみんな休みだってよ。まぁ残ってる人数も大したことないだろうし、年明けまでは肩を寄せ合って過ごすしかないな。
月寮のやつは今、ラウンジの暖炉をなんとか復活できないかと試行錯誤の最中らしい」
「・・・・月寮の、寮長は」
言い終えてすぐにアイオロスはしまった、という顔をした。
遠回しな言い方にミロはにやにやとした表情を浮かべている。
「サガもなす術もなく寒〜い寮長室で一人日誌をつけておいでだとさ」
「・・・」
サガの寒がりはすでによく知っている二人である。
「そうそう、ちなみに双子座首席様の騎士殿は級友たちと実家に戻っているらしいぜ」
わざとらしく言い放ったミロに、アイオロスは眉間に皺を寄せた。
アイオロスとしても気になっていたところだ。見透かされている。
星矢が騎士になって随分経つ。サガが極度の寒がりと知っていれば一人にはしないだろう。
二人で身を寄せ合う姿を想像しアイオロスは思わずペンを握りしめた。
しかし今日、サガはひとり。
暑さ寒さに強いアイオロスでさえも、今日の寒さは堪える。
この寒い中年を明かす寮生たちも不憫だ。
アイオロスは逡巡すると、がたりと立ち上がった。
ミロがお、という顔で見上げると、アイオロスはため息をついた。
「そういえばカミュも月寮だったな」
「そうだけど」
「月の寮長と話をつけてくる。・・・お前もいい年を迎えられるようにな」
ミロは一瞬驚いたような顔をしてから、はは、と軽快に笑った。
(自分だって同じこと考えたくせに)
片方の寮がダメならばもう片方の寮を使えばいい。
簡単なことだ。
暫し想い人と共に過ごせる。最高の大晦日ではないか。
(俺も、アイオロスも)
しかし二人の話し合いがそうそううまくいくだろうか。
寮生たちのためといえばサガは承諾するだろうが、サガ自身を太陽寮に連れてくるのは大変だ。
アイオロスが相手では強がりもするだろう。
アイオロスの後姿に手を振り、ミロはふふ、と小さく笑った。
(帰らなくて正解だったな。月寮のやつらには悪いけど俺はラッキーだ!)
重く黒い雲が垂れこめ、いかにも雪が降りそうな夜だ。
アイオロスは空を見上げてから、きんと冷える空気を頬に感じながら月寮へ向かった。
紅茶を淹れたティーカップを両手で持ち、サガは小さく鼻を啜った。
温かい物を飲んでもなかなか体は温まらない。
誰かが置いて行った毛布を膝にかけ、サガはソファに腰掛けため息をついた。
(カノンは大丈夫だろうか・・・しばらく留守にすると言っていたが・・・)
カノンもあまり寒いのは苦手だったはずだ。最も、サガのように体調を崩すこともなく、いつも飄々としていたが。
(さすがにこれ以上冷えると体に悪いな・・・)
あと何日こんな状態で過ごさねばならないのだろう、と考えていると、コンコンと扉が叩かれた。
「はい」
サガはティーカップをテーブルの上に置き、ひざかけを軽く畳んで扉のほうへ向かった。
キィ、と控え目に開かれた扉の向こうに立つ人物に、サガは目を瞠った。
「ロス・・・・」
アイオロスは少しバツが悪そうな顔をしたが、サガの顔を見るなり両腕を伸ばしその体を強く抱きしめた。
「っ!アイオロス!なぜお前がここに・・・」
冷え切った体を抱きしめ、アイオロスはサガの背や肩を擦った。
(冷たい・・・鼻も赤くなってるし。なぜすぐにこちらを頼らないんだ・・・!)
子供っぽい不満が頭を過ぎる。
アイオロスは後ろ手に扉を閉め鍵をかけると、サガの手を強く引っ張りサガがさきほどまで座っていたソファにどさりと押し倒した。
「ロス!質問に答えろ!」
「寒いんだろう。・・・お前の痩せ我慢に寮生を付き合わせるな。こんなときくらい・・・こっちを頼ってくれたって・・・」
「え・・・?」
思わぬ言葉にサガが首を傾げると、アイオロスは傍に合った毛布を広げサガを包むと、そのうえから強く抱きしめた。
「ロ、ス・・・」
こんなにも二人が触れあうのはいつぶりだろうか。
サガもアイオロスも、あまりに近い互いの顔に今さらながら戸惑った。
「暖めるだけだ・・・暖かくなったら、寮生をラウンジに集めてくれ。全員ソルに連れていく」
「そ、そんなこと・・・」
「こんな寒い日にこんな寒い場所で年を越すなんて不憫だろう。向こうなら暖かいし・・・・それに・・・」
「それに・・・?」
一緒にいられる。
そう言おうとしたアイオロスの言葉は、ぐっと噛みしめた唇に阻まれた。
(何を馬鹿なことを・・・そんなこと言ったって、困らせるだけだ)
互いの立場がある。これはあくまで寮生の生活を鑑みた特別措置であって、二人の逢瀬のためのものではない。
アイオロスは体を起こしソファに座り直すと、サガを足の間に座らせ後ろから抱き締めた。
サガの首筋のあたりに顔を寄せ、毛布の上から体を擦った。
(まぁ、それでも・・・暫くサガはソルに来てくれる・・・)
普段はもう、あまり近づくことも話すこともなくなってしまった
。
(はぁ・・・くそ。抱きたいな・・・)
サガの長く美しい髪がアイオロスの頬を擽る。何を使っているのか、自分とは違い花のような匂いまで香っている。
(サガは嫌がるだろうなあ・・・)
拒絶されれば今度こそ自分は立ち直れなくなるかもしれない。それほどにサガへの気持ちは大きい。
このまま攫ってしまいたいほどに。
「ロス・・・その、私はもう大丈夫だから・・・」
「まだ冷たい・・・」
耳元でささやくと、ぴくりとサガの体が震えた。
アイオロスは暖めるだけ、暖めるだけ、と自分に言い聞かせながら、自分の鼻先や額をサガの耳元や首筋、肩口に猫のように擦り寄せた。
(サガ・・・好きだ、好き・・・)
アイオロスは切ない気持ちを込めサガの体を強く抱きしめた。
(・・・ロス・・・こんなに近くで話すのはいつ以来だろうか・・・)
強く抱きしめられ、毛布越しにアイオロスの体温が伝わってくる。
戸惑いや緊張や恥ずかしさからか、顔はもうすっかり赤くなっているだろう。
時折髪や首筋に触れるアイオロスの鼻先や唇に、サガは体を震わせた。
(いつから、こんな風に触れあえなくなってしまったのか・・・)
もう二人とも随分離れてしまった。先に離れたのはサガ自身だ。なすべきことのため、後悔はないが、寂しさは消せなかった。
(本当はロス、お前と———)
「なぁ、サガ」
耳元に響く低い声に、サガはうっとりとしかけたが、次に言われた一言で硬直した。
「お前、どうして騎士を決めたんだ・・・」
正確にいえば星矢を騎士に決めたのは弟のカノンだ。もちろんアイオロスはその存在を知らない。
サガは体をこわばらせ、どう答えようかと戸惑っていると、すぐそばでアイオロスがため息をついた。
「———いや、いい。無粋な質問だった。・・・ただの嫉妬だ。忘れてくれ・・・」
「ロス・・・」
(初めて会ったときからずっと、俺はお前の騎士になりたかったのに)
苦しみや寂しさからサガを守りたかった。自分の愛でサガを包みたかった。寒い日にはこうして、あたためたかった。
ふとした時に憂いを帯びる表情は美しかったが、その憂いをいつか自分が晴らしてやりたいと思っていたのに。
「すまない、ロス・・・」
聞きたいのはそんな言葉ではないだろう。サガにも分かっていたが、他にどう言うこともできなかった。
サガの騎士は星矢で、自分たちは教皇の座を奪いあう寮長同士だ。
サガが目を伏せ沈んだ表情を浮かべると、アイオロスはやさしくサガの頬に触れ、自分のほうへ向かせた。
「あ・・・」
サガが抵抗する間もなく、ゆっくりとやわらかく唇が触れあった。
情愛に満ちた、優しい口付けだった。
サガはゆっくりと目を閉じると、体の力を抜きアイオロスに体を預けた。
アイオロスは顔を傾け、ちゅ、と音をたてて口付けると、頬や、額にも小さくキスをした。
サガが見上げたアイオロスの表情は、優しくも哀しくも見える、静かなものだった。
アイオロスはサガの瞼に一度小さく口付けると、サガの髪に顔をうずめ、長い髪を掻き分け首筋に口付けた。
「これくらいは、許してくれ」
そう言うとロスは強く首筋に吸いつき、小さな赤い痕を残した。
「ロ、ロス・・・!」
「・・・見えないところなんだから、いいだろう」
少し拗ねたような声に、サガはため息をついた。
「・・・ロス、おかげですっかり暖まった。生徒たちにソルへ移動してもらおう」
「・・・・」
もう少しこのままでと渋るアイオロスに、サガは苦笑した。
こうしていたいのはサガも一緒だ。
ふと、窓へ目を向けると、ちらほらと何かが舞っている。
「雪・・・」
「これは冷えるな。・・・サガ、ソルへ行ったらもっと暖めてやる」
「・・・全く・・・空部屋は確保できているんだろうな?」
「ん?俺の部屋じゃないのか」
「違う!ルナの生徒の部屋だ。私もお前の部屋に近寄るつもりはないよ」
「・・・」
「さぁ、下へ行こう、ロス。私のかわいいルナの生徒たちをこれ以上凍えさせるわけにはいかない」
「そうだな。ルナのやつらがサガを抱き枕に暖をとろうとでも画策していたら大変だ」
「ロス!」
「冗談だ」
ロスはちゅ、とサガのこめかみにキスをした。
「今年はなかなか楽しい年越しになりそうだな」
「はぁ・・・全くだな」
二人は立ち上がり、先ほどの甘い空気をすっかり捨て、寮長としての表情を浮かべた。
ほんの少し後ろ髪を引かれるような気もしつつ。
二人は寮長室をあとにした。
「・・・やっぱりヤらなかったな」
「デスの一人負けだな」
「サガが許すとは思えん」
二人の様子を隣室からこっそり窺っていたのは、蟹座、魚座、山羊座の首席三人組である。
「よかったな、シュラ。サガの濡れ場なんて聞かされた日には外でうらぶれて雪だるまになっていたかもしれない」
「ば、馬鹿を言うな」
「はぁ〜ちくしょう。アイオロスもイマイチ押しが弱いよなァ。あのままもつれこんじまえばよかったものを」
「サガに嫌われたくないんだろ?はぁ、しかし寒い。私たちも早くソルへ行こう。久しぶりにソルの後輩たちを可愛がってやらねば」
にやりと悪い笑みを浮かべるアフロディーテに、シュラとデスマスクはため息をついた。
美しいものを好むアフロディーテは、見目麗しい後輩たちを連れ込んでは、逆らえないのをいいことに髪にふれ体に触れ愛撫をするのだ。
本人は遊んでるつもりなのだが、いたいけな新入生たちはうっかり新しい世界に目覚めかねない。付きあわされるこちらも大変だ。
お気に入りはカミュやシャカだが、この二人はなかなか一筋縄ではいかない。
「ふふふ。楽しい冬休みになりそうだ」
「カミュ!」
月寮と太陽寮の間の林の中で、ミロは美しい赤い髪を見つけた。
真っ白い雪の中でひときわ目立つ紅。ミロは初めて出会った日のことを思い出した。
「ミロ・・・何でこんなところに」
「それはこっちのセリフ。早くこっち来いよ。もうみんな移動してるだろ?」
「ああ・・・まぁ、そうなんだけどな・・・私はもともと寒さには強い」
「あー・・・・そういえば」
「向こうは今頃騒がしいんだろうな・・・」
カミュはため息をついた。ルナの寮長はカミュと考え方が近い。人が多いのは得意ではないし、静かに夜を過ごすのを好む。
(サガ・・・大丈夫だろうか・・・)
傍には嫉妬深いソルの寮長もいる。三人の先輩たちも何をしでかすか分からない。
他の生徒たちも、ルナとソル、普段は互いにあまり交流がないが、今夜は新年を迎えるそわそわとした心地と、非常時の空気に昂ぶっているだろう。
「ラウンジとか結構凄かったな・・・結構酒入ってるし」
「やはりな・・・。はぁ・・・そんなところに寮長を長々と居させるわけにもいかないか」
「ロスがいるから大丈夫だろ?」
「そこが一番の問題じゃないか」
「・・・カミュはロスには厳しいな」
「私はサガが心配なだけだ」
「俺はロスに同情するなぁ。せっかく二人で過ごせるチャンスだぜ」
「・・・・」
ミロはカミュの手をとると、ぎゅっと握りざくざくと雪を踏みしめ歩きはじめた。
「ミロ、ソルは逆だ」
「なぁ、みんなソルに移動してるってことは」
「・・・ミロ」
ミロの言わんとしていることに気づいたカミュは眉間を揉んだ。
「ソルじゃ人多くて二人でゆっくりできないだろ?」
「何のために皆がわざわざソルまで行ったと思ってるんだ」
「みんなは寒さをしのぐため。俺たちは二人で暖めあうためにルナに行く」
「ミロ!」
「大丈夫大丈夫」
ミロはカミュの手を引き、ルナへの道を急ぐ。
ぎゅっと握られた手の力強さは本物だ。
(ほ、本気なのか)
カミュはソルで胃を痛めているであろうサガを想った。
(ああ、サガ、すみません・・・せめて心穏やかに新年を迎えてください!)
握り返された手に、ミロは朗らかに笑った。
A HAPPY NEW YEAR!