カウントダウン

はじめてみたときは、なんてきれいなんだろうと驚いた。
静かに涙を流す姿に、闘いへの高揚感とは違う興奮を確かに感じていた。

そして、漆黒の髪に真紅の瞳を持つあの人の恐ろしいまでの妖艶さに惹かれた。

あの人・・サガがあの時十二宮で自害してから、色んな人から色んな話を聞いた。
13年間の話、射手座の英雄の話、とか。

アフロディーテの話を聞いてたら、突然涙が溢れ出して彼は困ったような顔をした。

『泣かないでくれ。きっと、サガも君に泣いてほしくはないはずだ』

分かってる。
俺だって、同情したつもりじゃない。
だけど、あとからあとから涙は溢れてきたんだ。

どうしてあの人はあんなに傷ついていたんだろう。


再び出逢った十二宮で、あの人は漆黒の鎧に身を包んでいた。
一度は女神を裏切り心を引き裂いたような人だ。
またも聖域を欺かなければならないというのは、あの人にとってどれだけ苦しいことだったんだろう。


そしてまた、あの人は消えてしまった。


全部終わって、皆元通りになって、でもアイオロスは甦らなかった。
沙織さんもその理由はわからないと言っていた。

サガはきれいなままだったけど、でも暗い笑顔ばかりしていた。

それさえもキレイだった。
何かきれいな芸術品を見ているようだった。

まあ実際、「ヒト」としてみてなかったのは、確かです。

だって、ヒトっていうには、あまりにキレイだったから。


俺があんまりしつこく双児宮に寄るものだから、
俺が来てもサガはあまり気をつかわなくなってきてる。
というより、最初の気のつかいようがおかしかったんだ。
俺のがずっと年下で、ひよっこで、弱っちいのに、
サガはまるで俺を英雄か何かのようにもてなしてた。

最近は、おいしいご飯を一緒に、ごくごく普通に食べてる。
それが嬉しくて、お客さん扱いから抜け出せたような気がしてどきどきしていたら、
突然意味もなくカノンに殴られた。

「いってぇ〜!!!何すんですか!!」
「・・・いや、別に。なんとなく」

そう言ってプカーっと煙草を吸っている。
はっきり言ってカノンはちょっと苦手だった。
なんか怖いし、すぐ殴るし、からかわれるし。
でも嫌いじゃない。
サガも、カノンも、好きだった。


カノンにからかわれて、俺がばたばた暴れて、
そんな姿をサガに見せるのは恥ずかしかったけど、
サガが優しそうに、どこか懐かしそうに微笑むのが、好きだった。


でもあの時気付いたんだ。
そんな笑顔は、いけないんだって。

あの夜俺とサガの何かが変わったんだ。
サガは何も変わってなかったのかもしれない。
でも、確かに何かが変わったんだ。



「なぁ!今日泊まってもいい?」
「はぁ〜?アイオリアんとこにでも行ってろよ。生憎ここは定員2名サマまでだ」
「私は別に構わないぞ」
サガが笑顔でそういうと、カノンは舌打ちした。
「お前なぁ、」
「別にいいじゃないか。たまには・・・」
その横顔が、どこか嬉しそうだったのを見て、カノンはため息をついた。
何も言わずに部屋に戻っていったカノンに俺が戸惑ってると、
サガが俺の肩をたたいて微笑んだ。
「すまないな。・・・ああいうやつなんだ。大丈夫。同意してくれたんだよ」


それから風呂に入って、
でかいタオルでごしごし頭をふかれて、
氷河がどうしたとか、ミロと遊んだとか、そんな話をして、
いつのまにかうとうとしてしまったのか、ふと気付くとサガのベッドの中だった。
「・・・サガ?」
「ああ、すまない・・・起こしてしまったかな」
視線をずらすと、サガはベッドの端に腰掛けて本を読んでいた。
「あ、俺ベッド・・!」
慌てて出ようとすると、サガがそっと布団に押し戻した。
「気にしないで使っていてくれ」
「でも!」
「・・・・ありがとう。私は大丈夫だ。そのうちカノンの部屋にでも・・・」
「あ、あのさ!」
「?」
「い、いやじゃなかったら、っていうかサガのベッドなんだけどさ、
俺、隣で寝てちゃだめかな?」
「・・・私が入ると狭くなるぞ」
「カノンとサガが一緒に寝るよりは広い!」
俺がそう言うと、サガは一瞬驚いたような顔をして、
すぐにまた優しく笑った。
最近気付いたけど、この笑顔はなんだかちょっと、寂しい。
「ありがとう。そうだな」
サガはそう言うと、毛布の端を掴んで控えめにもぐりこんだ。
なぜだか俺はどきどきしてて、心臓が苦しくて、死にそうだった。
(・・・いい匂いがする)
「おやすみ」
「ああ、おやすみ、星矢」
鼻先を掠めるきれいな髪は、風呂場にあったシャンプーと同じ香りがした。

何分か、何時間たったのか、
俺が何度か浅い眠りを彷徨っていると、隣のサガが体を捩るのに気付いた。
(・・・やっぱ狭いよな)
なんだか眠れなくなってしまった俺は、どこか散歩にでも出ようかと体を起こした。
「・・・・・」
「え?」
思わず振り返った。
サガが、何か呟いたような気がしたから。
だけどすぐ隣で眠ってるサガは相変わらずきれいな顔をして静かに眠っていた。
が、

唇は確かに言葉を紡いでいる。
僅かに、息を吐く音が聞こえる。

ロス


アイオロス



そして一筋流れた涙に、俺は目を見開いた。

ああ、だからこの人はいつも寂しそうだったんだ。

馬鹿みたいに笑ってる俺を、俺たちを見て、どこか懐かしそうだったんだ。


「サガ」

ああ、心臓がどきどき言ってる。

苦しい。


手を、伸ばしてしまう。


触れたら、何かが変わるだろうか。
何かを、変えられるだろうか。


どくん、どくん。


止められない。


一度動き出した時限爆弾は、爆発するまで止まらない。