天に昇ったアイオロス。
地に留まったサガ。
二人を隔てる、青い空。
突然の天界軍の侵攻に、教皇であるシオンは顔を顰めていた。
傍で控えるサガは、床を見詰めたままシオンの出方を伺っていた。
聖戦で失った戦力は、あまりにも大きい。
黄金聖闘士たちが甦ったとはいえ、聖域の戦力は未だ完全とは言えなかった。
天上の神々は、海界や冥界とは違う。
地上に生きる人々をも超える“天使”の圧倒的な数。そして、力。
光を纏い、雲間から現れる天使たちは、輝く白い翼をはためかせ聖域にほど近い山々に降り立っていた。
神の代行者達。その姿を、シオンはただ黙って見つめていた。
「・・・・教皇」
「わかっている。・・・女神は未だ目覚めておらん」
「・・・」
「女神を、失うわけにはいかない。・・・サガ、お前はここに留まり、女神のお傍に控えよ」
「いえ・・・私は、先陣に立とうと思っております」
「サガ。年長者たるお前が、先陣にたってどうする」
「だからこそ、私が・・・・それに教皇、お気づきでしょう。地上に程近い天に・・・・」
サガはそこで、一度言葉を切った。
そして震える唇を一度かみ締め、息を吸って再び続けた。
「射手座の、コスモを感じます」
「・・・・・・やはりやつは、天に昇っていたか・・・」
「・・・・・」
「だとすれば、ここまで乗り込んでくるのも恐らくあの男だろう。・・・お前は、ここにいろ」
「しかし」
「私の命令が聞けないか」
「・・・いえ。教皇、貴方は・・・」
「私は、先陣に出る」
「!いけません、貴方は・・!」
「聖衣も持たぬ私に一体何ができるというのだ。ならばせめて、先頭に立ってやつの顔を拝んでやろう。
まったく、今更どの面下げてここへ来るというのか・・・!」
シオンは少し笑って、サガの肩をたたいた。
「よいか。お主はここで、あの男を迎えよ。恐らく私も、他の黄金の小僧でも適うまい。
お前が、やつを倒せ。これが私の最後の命令だ」
「・・・・御意」
血の匂いに、鼻は慣れてしまった。
赤黒い煙の立ち込める中を、黄金の翼を持った英雄は歩いていた。
向かう先は、教皇宮。
重い足を引き摺り、白い石段を登っていく。
これまでに受けた傷は決して軽いものではなかった。
引き摺る足をつたって、石段に赤い血の跡がつく。
「・・・・サガ・・・」
目の前にそびえ立つ教皇宮を前に、アイオロスは中から感じる懐かしいコスモに涙を流しそうになった。
「あと少しだ・・・あと少しで、君を迎えに行ける・・・・」
温かく、雄大なコスモを感じ、サガは教皇宮の扉を見詰めた。
重い扉が、ゆっくりと開く。
その途端に流れ出る彼のコスモに、サガは思わず身震いした。
「・・・・・サガ」
「アイオロス・・・」
アイオロスはふ、と微笑むと、ゆっくりとサガのもとへと向かってくる。
「久しぶり、だな。まさかお前が最後にいるとは思わなかったよ」
「・・・私もまさかお前が天界へ渡っているとは思わなかった」
サガの言葉に、アイオロスは真剣な顔になると、低く暗い声で呟いた。
「・・・空に、」
「・・?」
「空に、手が届いたんだ」
「ロ・・・ス・・・」
天に手を翳し、眩しい太陽を見詰めるかのような姿に、サガは13年前のアイオロスを見ていた。
「あの青い空に、手が届いた。サガも連れて行ける。だから俺は、ここに戻ってきた」
優しく、嬉しそうに微笑むアイオロスに、サガは胸が締め付けられるような気がした。
ああ、彼はすっかり、空に、天に心を囚われてしまっている。
『空に手が届いたらいいのにな。空は広くて、深い・・・それにきれいだ』
『・・・・空には、一生手は届かないよ』
『わからないだろう。もしかしたら、射手座の翼で飛んでいけるかもしれない』
『そんなこと・・・』
『なら、俺が飛べたらサガを連れて行くよ。空に・・・二人で、行こう』
その時は冗談だと、空に手が届くはずなどないと、空虚な心で見詰めていた。
しかし彼は届いてしまったのだ。天に。
「ロス・・・私は、行けないよ。ここでお前を、倒さねばならない」
「・・・・・サガ」
アイオロスはどこか悲痛な面持ちで、サガに手を延べた。
こちらに、来いと、そう彼の瞳は語りかけていた。
その瞳に、サガは優しく微笑むと、静かに首をふった。
そして最大限にコスモを高め、海の中に漂うように、髪を黄金の流れに揺らした。
「私は、行けない。地上の聖闘士である私は、天に手は届かない」
できれば、アイオロス、君を空になど渡したくはなかった。
「サガ・・・!」
黄金の矢が、無数の光のうねりとなってサガを狙う。
「アイオロス・・・」
星々の輝きを、サガはその手の先に集めた。
瞬間、光は柱となって天を突きぬけた。