愚かな
愚かな者どもが!
死者の国の古い屋敷に、死した黄金たちは呼び寄せられた。
黒衣をまとった彼らの姿は異様であり、哀しみを帯び、空気は湿り、
しかし聖闘士の上位に君臨する者しての威厳は失ってはいなかった。
辺りには冥府の住人たちとは異なる空気が流れ、冥府の下級兵士共は恐れ、誰も近寄らなかった。
12人を呼び寄せたのは、三巨頭、そして前教皇、シオンだった。
「よくぞ、お集まりくださった」
ラダマンティスが言った。
「貴公らの神、アテナと、我らが君の同意が得られた。
貴公らのうち、“地上の民の望む者”のみを、地上へと返す」
「なっ・・・・!」
声をあげたのはミロだった。
「どういうことだ!」
「聞いてのとおりだ。下がれミロ」
「シオン様!」
「下がれ」
「く・・・」
「皆さんご異存はありませんね」
ミーノスが怪しく笑んだ。
「とは言っても、何も感情のみで選ぶことはない。前教皇、
そして次代の教皇となる射手座、私の三人で決めさせていただく。
これは決定事項であり、議論の余地はない」
「・・・人数の制限は」
「無い」
「ならばなぜそのような条件を・・・!」
「“甦らせるのは、地上の民の望む者だけ”との我らが君の仰せだ。
前教皇、次期教皇には仔細を伝える。お二人以外はお下がり願いたい」
「シオン様・・・」
「従うしかあるまい。これは女神の決定でもある」
屋敷内に宛がわれたうちのひと部屋に、ミロ、シャカ、アイオリア、アフロディーテが集まった。
「どういうことなんだ?」
ミロが憤りを隠せないように言った。
「制限はないんだろう?私たち全員が戻る可能性もある。また逆に、戻れぬ可能性も」
アフロディーテが言った。
「しかし我らは、あの壁の前で次代に全てを託すと散った身。今更地上へなど・・・」
「動くのだろう」
「シャカ・・・動くとは、まさか天界がか」
「聖域も冥界もまだまだ機能は不完全・・・聖域が取るに足らぬ物と気づけば冥界へも
手を伸ばしかねん。
揃わぬ黄金を地上へ戻し、ある程度戦力を削がせれば、
天界はおとなしく引き下がるだろうからな。
我らも、不完全な戦力では、どの道破滅だけだ」
「あくまでも駒なのだな、私たちは・・・」
「しかし“地上の民が望むように”という言葉もひっかかる」
「・・・望まれぬ者は、返さぬということか」
「卑怯なやり方だ!」
「しかし、利口だ。地上の望まぬ者を、甦らせる理屈は、正義の女神にはたてられん」
「アテナへの牽制か?」
「まあ、そんなところだろう・・・」
「そして我らへの牽制でもある・・・皆が皆、善い行いばかりでは、ない」
「・・・」
「悪いことすると痛い目にあうってか?ふざけやがって・・・!」
「これは・・・」
アイオロスとシオンの前に出されたのは、十二星座を象ったガラスのオブジェだった。
テーブルの上に12個が並べられている。
「ハーデス様とアテナの契約により、シオン、アイオロス両名は無条件で地上へ戻る」
「なんだと!?」
「控えよアイオロス」
「だが、同じ条件でやったとしてもお前たちは戻される」
ラダマンティスがふと手をかざすと、オブジェは一瞬ふわりと光り、
それから数個はガラスの内側に黒い煙がたちこめた。
「何だ・・・これは・・・!」
「地上の民の、というと語弊があるな。聖域の民の、恨みだ」
「な、に・・・!」
「あまりに恨まれる者は、光を放たない」
「そ・・・んな・・・」
魚座、蟹座、山羊座のオブジェは若干曇りながらも、鈍く光を放っていた。
その12個のオブジェの中、誰の目にも明らかに、闇を放っていたのは、
双子座だった。
「ああ・・・双子は二人居たな。左がサガで、右がカノンだ」
このオブジェは、二つの顔が向き合うような形になっている。
左側の顔は真っ黒に変色し、右側の顔は、僅かに光を放っていた。
「こんな・・・嘘だ・・・認めん・・・!」
射手座のオブジェは、何より明るく、光り輝いていた。
「認められぬのならば、罪状の記録を持ってこさせよう。・・・違いは、明らかだ」
「だが・・・!しかし・・・!あれはサガでは・・・サガではない・・・」
「アイオロス」
「弟のほうは、秘されていたことと、海へ渡ったことが幸いしたようだな。
・・・見ろ、恨みを吸い、澱み、暗黒に満たされている」
「嘘だ・・・嘘だ・・・!」
アイオロスはその場にがくりと膝をついた。
“地上の民に望まれぬ者”
聖域に望まれぬ者
(サガが・・・・!)
「次期教皇アイオロスよ、これは我が君の配慮と思え。これほどの恨みを抱える人間が、
地上へ戻ったところでどうなるかは想像に容易いだろう」
「初めからサガを戻さないつもりだったのか!」
「過大評価はやめよ、射手座。たかだか一人の人間にそこまでの価値があるとでも思っているのか。
・・・これを見せられたのは今日が初めてだ。故意に汚すような真似はしていない」
「下がれアイオロス。嘘はないだろう」
「シオン様・・・サガは・・・戻れぬのですか・・・」
「そうせざるを得まい」
「サガが一人、ここへとどまると・・・!?」
「・・・アイオロス」
「俺は!認めない・・・!」
きらきらと、美しく輝く射手座のオブジェがアイオロスの視界に入った。
光り輝くそれをアイオロスは睨みつけ、掴みあげた。
「やめろアイオロス!」
「こんなもの・・・!」
ガシャン、と、それはあっけなく割れた。
中から光る煙がふいとのぼり、部屋一面を照らした後、消えた。
「あくまでこれは、判断基準のために用意したものだ。
濁るまでの時間や割合は死した人間全て同じだ。故意に替えることはできん」
「手間をかけた」
「・・・あとは好きにしたらいい」
ラダマンティスはそう言うと、部屋をあとにした。
「アイオロス」
「・・・分かって、おります。サガには罪がある。数え切れぬほどの・・・しかし・・・」
「見誤るな。我らの存在意義を」
「・・・は・・・」
日も昇らず、沈まぬ死者の国。
夜と呼べる時間に、サガの部屋を訪ねる者があった。
サガはドアを開けると、にこりと笑った。
「来ると、思っていたよ。アイオロス」
アイオロスは一瞬くしゃりと顔を歪ませると、サガに縋り付いて、泣いた。