いつか二人でここを出よう。
外の世界に出て、二人で一緒に暮らすんだ。
俺はお前を傷つけない。
ずっとずっと二人で生きていくんだ。
約束だぞ。
カノンは短くなった煙草のフィルターを噛んで、ベッドの上にぐったりと横たわるサガの姿を見た。
忌々しげに煙草を床に捨てて靴で踏み潰すと、その表情とは裏腹に、サガの顔にかかる長い髪を優しくはらった。
ここ最近、サガはいつもそうだった。
死人のような顔をして帰ってきたかと思うと、カノンの質問にも答えずふらふらと寝室に向かう。
物音が聞こえず気になって覘いてみると、帰ってきたままの姿でベッドの上にぐったりと横たわっている。
サガが言うには、次期教皇を言い渡される日が近いらしい。
それでなぜ、兄がこんなにも疲弊して帰ってくるのかカノンには分からなかった。
カノンにとっての兄は次期教皇も同然で、それはサガも同じだったからだ。
『私が教皇になったら、お前は双子座になれる。双子座のカノンだ』
そう嬉しそうに話す兄の顔が浮かんだ。
しかし、なぜ。
自分も、兄も、次期教皇はサガだと信じきっているのに。
そこで、カノンは射手座を思い浮かべようとして、やめた。
かわりに新しい煙草を取り出すと、火をつけて煙を深く吸い込んだ。
煙を何度も吸ったり吐いたりしながら、カノンはサガのベッドの周りをうろうろと歩き回った。
あの男は、まさかサガを上回るほどの力の持ち主なのか。
あのジジイは、まさかサガではなく射手座を教皇にするつもりなのか。
カノンは、まだ長いままの煙草をベッド脇の小さな箪笥にぐしゃぐしゃになるまで押し付けた。
小さな木の椅子に腰掛けて、カノンはぼんやりとサガの青白い寝顔を眺めていた。
たまに思い出したように頬をなで、いつまでもそうしていると、サガの睫が僅かに震えた。
「・・・サガ」
サガが青い瞳を向けた瞬間、カノンは急に煙草の臭いが気になって窓を開け放った。
そしてサガに近づくことはせずに、窓枠に背を預けたままサガに問うた。
「なぁ、次期教皇は、お前だろ?サガ」
サガは身じろぎもせずに黙り込んでいた。
カノンはその様子を、怒りもせず、悲しみもせず、何の表情も浮かべないまま見詰めた。
「・・・・なぁ、ここから、出たいか?」
カノンはふと聞いてみた。
いつか二人でここを出よう。
外の世界に出て、二人で一緒に暮らすんだ。
俺はお前を傷つけない。
ずっとずっと二人で生きていくんだ。
それは、カノンとしょっちゅう引き離されるのに弱りきっていたサガと交わした幼い日の約束。
ここから出て、二人で。
それは聖域に住む人間が一度は夢見ることだった。
戦いに身を投じる日々から抜け出し、ありふれた毎日を送ること。
女神の闘士たちには一生適わぬ願い。
しかしカノンは、それさえもかなえようとしていた。
サガと二人ならばここを抜け出し、生きていくことができると、確信していた。
「ここから出て、二人で、生きたいか?」
サガがほんの少しでもうなずいてくれたなら、カノンは今すぐにでもサガの手を引いて双児宮を飛び出しただろう。
しかしサガが反応を返すことはなかった。
カノンはサガの傍に歩みよると、サガの額にそっと口づけた。
「昔約束しただろう。覚えてるか?」
サガは静かに涙を流した。
カノンは涙に口を寄せると、犬のように舐めた。
「お前はもう、捕まっちまったのか」
聖域に。
サガは答えられなかった。
震えて、やがて嗚咽を耐えるようになると、カノンはサガをそっと抱きしめた。
自分もベッドにもぐりこんで、胸に縋りつくサガを抱き締め、背中をさすった。
サガに深く根をはってしまった聖域を、どう潰してやろうかと思い浮かべながら。