届かない背中

「ァ・・・アイオロス・・・・ッ!!」

喉から絞りだすように、必死で声を紡ぐ。
床に爪をたて、重い体を無理矢理に這わせる。

「アイオロス・・・・!」

目からは涙がとめどなく溢れていた。
息ができない。苦しい――――


届かない。
いつまでたっても、彼の背中の翼に触れることは赦されないのだ。
自分はいつまでも後ろを必死で追いかけて。 追いかけて追いかけて、それでも絶対に追いつきはしない。

それでも、よかったんだ。

彼が後ろを振りむいて、優しく微笑んで手を延べてくれたから。
私はその手をとることはできなかったけど。

それでも、自分は彼を追いかけて追いかけて、一歩後ろからでも、彼の傍にいられればいいと思った。
同じ黄金聖闘士として、そして心を通わせるものとして。

「ぅ・・・・ぁああっ・・・・・」
私も、私の中の影も、嘆くように、あざ笑うように、背を丸め体を震わせ、
髪を振り乱して泣きじゃくった。

かわいそうな、かわいそうなサガ。
私がお前の心を慰めてやろう。
だからお前は私の中で眠り続けるがいい。あの男を想って、な。

「うるさい!早く・・・はやく出て行け・・・・!」
何かを追い払うようにもがいて、サガは悲痛な叫びをあげた。

「アイオロス・・・アイオロス・・・!」


遠ざかっていく背中。
こちらをただの一度も見ることなく。

私の翼は、消え去ってしまった。永遠に。


「あぁ・・・あああああああああ・・!」

頭を抱え、叫ぶ。
その瞳は蒼と赤の狭間で揺れていた。

サガは、手を伸ばす。
届かないことは分かっていたが、認められずに手は遠くを走るその背を掴もうとする。


「ア・・・イ・・オロ・・・ス・・・・!」


「ア イ オ ロ ス ・・・!!」



なぜ、差し出してくれた手を掴もうとしなかったのだろう。
惨めになるのが嫌だったから?
劣等感に苛まれるのはもう、十分だと・・・?


彼を、信じることができなかった、弱い私の心。

手を、伸ばしてもいいのかと、ためらってしまった弱い心。


今更必死に伸ばしたところで、もう彼に届くことはないのに。



「私を殺せ・・・・!アイオロス!!」

喉がかれるほど、叫んだ。
だが、あの背中には決して届きはしない。

これは彼に心を預けることができなかった自分への、罰。
そして罰は続く。罪も増える。


振り返ってほしかった、あの、背中。