サガには、傷跡が残っている。
それは13年前に自分が深く深く突き刺した、傷。
サガの心をぐっさりと刺したあの傷は、13年たって自分にかえってきた。
「サガ」
名前を呼んでも、曖昧に微笑むだけ。
「サガ」
そっと抱き締めてみても、背中に伸ばされる手はない。
彼は、すっかり心を閉ざしてしまった。
というより、13年前の“例の傷跡”が、13年の間にすっかり膿んでしまって、
しかも新たに知らない傷までついていた。
サガの心はもうズタズタになっていた。
それでも、その青い瞳に、月夜のような髪に、白い花のような微笑みに、
自分はすっかり心を奪われてしまっている。
罪に揺らぐその瞳は、切なく、悲しいものであればあるほど心を締め付け、
同時に言いようもない高揚感にみまわれるのだ。
眩暈が、するような。
13年積もり積もったサガの心は、もうもともとがどんな姿だったかも分からないほどに傷ついている。
俺も、サガも、それを癒す術をもたない。
更に悪いことに、俺はサガのあの儚げな雰囲気に飲み込まれてしまった。
傷は俺にも広がった。
ますます悪循環だった。サガが己の罪を思い出し、それでも懸命に愛そうとしてくれる姿に、
征服欲が生まれてくる。———傷を癒すなんてことは、もう頭になくなってしまう。
ひどい、男だ。
サガが傷つく姿に目を奪われる。
罪悪感に襲われるサガに心が高ぶる。
ああ、なんて、
美しいのだろう。
そうやって傷つく姿に見とれていたら、サガの弟のカノンに思い切り殴られた。
「てめえに、サガを傷つける権利はねえ。傷つけるくらいなら、殺してやれ。
それができねえなら、俺にサガを返せ。今すぐ人馬宮から、出せ。
それもしないなら、包帯でもなんでも巻きつけて、これ以上傷をつけるな。
あいつを傷つけていいのは、俺だけだ。・・・駄目な弟の、俺だけだ」
いつものような癇癪を起して怒鳴り散らし、暴れまわるようなのではなく、
真面目な顔をして言うものだから、俺はなんだかおかしくなってしまって、思わず笑った。
カノンはサガと同じように眉を吊り上げると、何がおかしい、と聞いてきた。
「お前は本当に、サガを愛しているらしい」
「てめえ・・・」
「だが、俺もサガを愛している。そして、サガと一緒だ。もう傷だらけで、どうしようもない」
自嘲気味になってしまった。
カノンは暫く無言でいると、くだらねえ、と言って背を向けた。
「そうやって二人してボロボロんなってどうすんだよ・・・」
俺は何も答えられなかった。
「ボロボロならボロボロらしく、せめて、消毒くらいしたらどうだ」
その言葉に、俺はまた少し笑った。消毒とは、なるほどいかにもカノンらしい。
サガだったら、無理矢理にでも治そうとしていただろうに。
無理矢理に治そうとして、結局二人で傷だらけになってしまった。
「消毒か、そうだな。ケガをしたら消毒をしなきゃいけないな」
「ああそうだ。サガをゆっくり、風呂にでも入れてやれ。毒が抜ける」
「ははは」
笑い声がこぼれた。一緒に、涙もこぼれた。
自分たちは、なんてところまできてしまったのだろう。
この傷は、かさぶたくらいにはなるだろうか。