「オッケー、快彦。撤収〜」
 先輩記者が眠たそうな目を擦りながら大きく伸びをする。俺は構えていたカメラをゆっくりと下ろす。
「ホントにこんなんでいいンすかね?」
俺は不安げな顔で尋ねた。
「ああ?いーんだよぉ、別に。たいした記事はないんだから」

 

 そう、俺の勤め先の新聞社は、親父の勤めていた大手の新聞社とは違い、地方の小さな会社で、掲載記事はくだらないゴシップネタがほとんどという所だった。今日だって、先の選挙で落選した地元議員が、若い愛人と暮らしているらしいという噂の現場を撮りに来たに過ぎなかった。取材といっても、古びた小さなバンに記者とカメラマンふたりきりという、なんともお粗末なものだ。

 

「なあ、快彦。おまえホントはもっとすごい―――あのオヤジさんのような写真が撮りたいって思ってんじゃないのかぁ?」
「!・・・そんなことないっすよ・・・」
俺はそう言って車を発進させた。
「ま、こんな田舎にいつまでいたってなぁ・・・」
先輩はくわえたタバコに火をつけ、ふうっと大きく息をはいた。

 

 ―――あたりまえだ!

 俺だって、こんな所で燻ってる場合じゃねぇんだ!俺は親父と同じ一流の報道カメラマンとしての道を歩みたいと思っているんだ!俺のやりたいことは、こんなもんじゃねぇよ・・・!

 

 ―――俺にだって、チャンスがなかったわけではない。
 それは、父親の遺品を取りに行った帰りのことだった。搭乗していた飛行機が途中で墜落、164名もの死者を出した事故に巻き込まれながらも、俺は軽い打撲程度のケガで生還したのである。幸いなことに親父の遺品であったカメラも無事で、気付いた時にはそれで無我夢中に事故の現場を撮影していた。のちにその写真が大々的に世界で取り上げられ、俺の名前も同時に知れ渡ることとなったのだ。
 もちろん、それだけで成功するような甘い世界ではない。その時点で、とりあえず俺は『巨匠の息子、井ノ原快彦』という名を広めたに過ぎなかった。しかし名さえ通れば、あとはそれに実績を加えていけばいいわけだ。
 だが今のご時世、凶悪な事件やら事故が多発し過ぎていて、皮肉なことに俺みたいな若手のカメラマンが活躍する場が増えてしまった。現場の数が増えれば、その分カメラマンも増えるという図式だ。ただそれに焦るばかりでは、とうてい良い写真など撮れるわけもなく―――俺の株はまだまだ上がる様子がなかった。

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