アイコン (おまけ小話 楊斈とぬいぐるみ) | ||||||||||||||||||||
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おまけ小話 楊斈とぬいぐるみ 冷徹無比と評判の文官長、楊斈は、自分の座るべき席に鎮座している桃色の物体をじっと睨みつけていた。 まるでそうすればそれが消え去ると思いこんでいるかのように。 実際には、ただそれの存在に呆然としているだけなのだが、側から見ると目線だけでそれを消し去ることが出来そうな目つきだった。 もう五日目になる徹夜がいけないのかもしれない。 目の下にはくっきりと隈が出来、彼の表情を一層暗いものにしている。 それとは対象的なのが桃色の物体だ。 長い耳に気の抜けた顔。 どうやらそれはうさぎのぬいぐるみであるらしい。 楊斈がそれを押し退けようと手に取った時、扉が開いて明るい女性の声がした。 「おはようございます、楊斈殿」 裁官長、月斉だ。 「え、ええ…おはようございます…」 ――どうして彼女が私の執務室に? と首を傾げつつも、楊斈は反射的にそう言った。 月斉はにっこり微笑んで言った。 「気に入っていただけましたか?」 「え!?」 「そのぬいぐるみ」 「…こ、これは月斉殿が…?」 「はい。最近楊斈殿が眠れないようなので、使っていただこうと思って。中には触り心地のいい綿と一緒に、眠りを誘う薬草が詰めてあるので、抱いて寝るとよく眠れますよ。私も同じのを使ってるんです。忙しい時こそ、質のいい睡眠が必要ですからね」 「……私に、これを抱いて寝ろと?」 「はい。何か問題でもありますでしょうか?」 「………」 楊斈は沈黙した。 自分が眠れないのは屹ヨウのせいで仕事が山積みだからだとか、なんでこんな可愛らしい色なのかとか、そもそも冷静沈着公平無私で知られた裁官長ともあろう人がぬいぐるみ抱いて寝てるのかとか、聞きたいことはいくらでもあった。 だが、聞けなかった。 月斉の有無を言わさぬ笑顔に負けた。 「……ありがとう……ございます…」 「お気になさらないでくださいな」 楊斈のなんとも言いがたい微妙な表情を気にも止めず、月斉はそう言ったのだった。 その日、桃色のうさちゃんを抱えて帰る楊斈を見た者は、皆一様に夢だと思いこもうとしたのだった。 | ||||||||||||||||||||
written by 織葉[眠り月] 2007 |